「あなたはアルコール依存症です」とは言わない

――減酒への誘導や薬の処方はどのようにしているのでしょうか。

私は初診の患者さんに「依存症」という言葉は極力出しません。積極的に通院してもらうことの方が重要ですが、病名を伝えることで逆に病院に来なくなってしまう危険性が高い病気でもあるからです。

アルコールによる病気が疑われる患者さんにも、ダイレクトに病名を口にするのではなく、「血圧とか高くないですか?」と聞いて、本人が高いよといえば、それはもしかするとお酒の影響かもしれませんよと返します。

高血圧や糖尿病より認知症を気にされる方が多いので、記憶をなくすとか、前日のことを覚えていないとかなどの経験が比較的多い場合は、「物忘れとか気になっていませんか?」などの聞き方でやんわりと。そうすれば、話も通じやすい。「あ、確かに自分もそういうのある」と納得してもらえます。

治療の一環として減酒薬を処方することもあります。もちろん、その場合もあくまで「試してみます?」と聞くくらいです。「いいえ、自力でやります」という方には「頑張って」と話して強制はしません。

眠りたいという理由で寝酒を飲む患者には、睡眠の質を上げるアドバイスをすることがポイントのひとつです。ただ、お酒に依存しやすい人は薬が効きにくいうえ、依存しやすい傾向があるので、抗うつ薬のレスリン(世界で最も使われている睡眠薬の一つ)もよく使います。依存性が少なく、お酒と一緒に飲んでも問題が少ないからです。いつも通りのお酒の量を半分にしたら眠れなくなったという方に、一時的に処方するパターンもあります。

吉本尚医師
撮影=プレジデントオンライン編集部

禁煙外来は2万カ所、お酒の外来はわずか200カ所

――コロナ禍はアルコール依存症になる過程や治療にどのような影響を与えていますか。

当初は緊急事態宣言などで仕事のテンポが変わってしまった自営業系の方が、日中暇になり、時間を埋めるために「飲む」が入ってしまうケースが多々ありました。そのスキマ時間をどうするか、どう忙しくするかの治療が中心でした。そのあたりのさじ加減が難しかったです。

最近はこの先どうなるのだろうという不安を訴える方が多いです。2年、3年と長くなると仕事や家族の悩みがだんだん出てきてお酒で解消する人も出てきました。自殺が増えてきていることに、飲酒量の増加も影響している可能性があります。

そうした問題を解決するためには、瞬く間に広がった禁煙外来のシステムがうまく使えると思うのです。禁煙外来は日本に2万カ所くらいあるのに、アルコールの専門医療機関は200~300カ所しかないのです。煙草の10分の1でもいいから、一般の診療科がアルコール問題を担うだけでも、患者さんが受診しやすくなると思います。

禁煙がなぜうまく進んだかというと診療報酬がついたことも挙げられます。アルコールは現在、重症の方の入院や、精神科での集団治療に加算がついていますが、内科はまだです。そのあたりが整備されれば、うまく回っていくのではないでしょうか。