廊下で糞尿撒き散らしというこの世の地獄

――アルコール依存症はどのような恐ろしい病なのでしょうか。

多量のアルコールを摂取すると、高血圧、糖尿病、肝臓や膵臓すいぞうの疾患、がん、認知症の危険性が高まります。さらにアルコール依存症は、本人だけでなく、家族が困り果ててしまうケースが多いのも特徴です。「この世の地獄を見たければ、アルコール依存症の家族を見よ」という言葉があるくらいです。

飲んで酔っ払って帰宅し、廊下に倒れて糞尿まみれなんて話はざらです。それを片付けながら、この人は離婚してものたれ死ぬんじゃないかと心配し、毎回辛い気持ちになりながらも連れ添っている家族の話をよく聞きます。

他にも、重症とまでいきませんが、それなりに大変なご事情を抱えている患者は少なくありません。ただ、家族などと一緒に来ている方が多く、本人が抵抗するのを、無理やり連れてこられているという感じではありません。

「断酒」では失敗したが「減酒」で成功した人たち

――「アルコール低減外来」の患者はどのような悩みを抱えているのでしょうか。

たとえば、50代の運送業の男性は、アルコールが原因で休職し、4年ほど様々な医療機関、専門病院、断酒会に通いましたが成果がでませんでした。どこに行っても必ず「断酒しろ」と言われ、頑張って断酒しようとして何度も失敗しました。そこでここを訪れ、1年かけて徐々に減酒することにしたところ成果が表れ、現在では職場復帰し、家族からも喜ばれています。

彼は全くお酒を飲まなくなったわけではありません。現在の飲酒量は、5%のハイボール350mlを平日4本、休日8本くらいです。普通の感覚からすると十分多いのですが、昔はその3倍飲んでいました。飲まないとしんどくなるという、義務的な飲酒だったといいます。

別の開業医が1年間アルコールの治療を受けるよう説得した男性は、精神科は嫌だと拒絶し続けたため、内科の私の所に紹介でやってきました。その時点で肝硬変が進み、通常15万/μlはあるはずの血小板が1万/μlほどしかなく末期の状態でした。でも、せっかく1年かけて説得されて来た人を返すわけにいかない。絶対にここで治療を継続してみせると心に決め、最初の診察は通常の診療の倍以上の90分くらいかけて話をしました。

以来1年半もの間、車で1時間以上かけて家族の送り迎えで毎週来ています。こちらに来る時も酒が残っている状態ではありますが、家族や仕事を大切にしながら、ほどほどに飲んでいるようです。血小板の数値は5万~6万/μlまで回復しています。

数値的にはまだ厳しいものの、アルコール依存症の治療では、通院を継続してくれていることが大切です。また、私としては診察中の会話の中で、旦那さんだけでなく、家族のストレスもケアしながら診ているつもりです。

診療中の吉本尚准教授
筆者提供
診療中の吉本尚医師