生理用品を買ってもらうことすら母親に頼めない
「今日、ここにくることを、お母さんは知っているの?」
「お母さんは、そんな感じじゃないんで」
これまでにないくらいに、はっきりとした口調だった。なにがそんな感じではないのだろうと思って質問すると、
「お母さんとは、親娘っていうより、友達みたいっていうか」「好きなんだけど、あんまり話さない」「なにか話すと『ふーん』で終わっちゃう。で、『あんたは気持ちが弱いから』って言われて。お母さんの言う通りだと思う」
私は、高畑先生から事前に聞いていた、彼女と高畑先生との会話を思いだした。
次は、高畑先生が教えてくれた彼女とのやりとりである。
――香織さんが、ひどく困った顔をして保健室に駆け込んできたことがあった。「どうしたの?」と聞いても、なにも言おうとしない。何度か聞くと、彼女は小さな声で生理用品がほしいと言った。保健室にあるものを渡した。
高畑先生が何気なく、「家にはあるの?」と聞くと、「ないけど、お母さんのものを盗っているから大丈夫。気づかれないし」と言った。
それを不思議に思って細かく聞くと、これまで母親から買い与えてもらったことはないという。母親に買ってほしいと頼むことができないのかと聞くと、彼女は「できない」と小さく言った。
「もうそんな年齢? 面倒になりますね」
それから、高畑先生は彼女の母親に電話した。母親の返事はこうだ。
「もう、そんな年齢ですっけ? 面倒になりますね」
その口調からは、悪意も悪気も感じられなかったが、親としての娘への気配りや配慮も感じられなかった。高畑先生にも同じ歳くらいの娘がいた。逆に、どうしてそんなに無関心でいられるのかと、不思議だったという。
いつの間にか香織さんの口数が増えて、よく話していた。
「なんかよくわかんないけど、人の目が気になるっていうか……。国語の教科書の音読ならできるけど、『ここの作者の気持ちはなんだと思う?』とか、名指しされてみんなの前で答えるのは無理。笑われるんじゃないかと思う。音楽とか、歌うの無理で、いつも口パク。私は、わがままなんだと思う」
「それは緊張すると思います。ひとりに対しても緊張するのに、教室に入ったら、みんなに対して緊張して困ってしまいますよね。みんなにあわせるのは疲れると思います。大変だよね」
「なんでわかるんですか?」
彼女は目を丸くして、顔をあげた。
「ほかにも、あなたのような人を、たくさん知っているからですよ」
そう言うと、またさらに驚いたような顔をした。
「ほかの人は、どうしているんですか?」
「まあ、無理せずやっていますよ」