筆跡を変えて手術の書類にサインをした

話を聞いている私は疑問だった。こんなに大きな病気をしているというのに、家族の関与がなにもない。まだ28歳だし、親も生きているだろう。

「失礼ですけど、そんなに大変な状況だったのに、家族はなんて? お母さんは、なにか言っていましたか?」

私の質問に、彼女はちょっと困ったように話しだした。

「うちは、なんか普通の家族とは違うので、あんまり仲がよくないっていうか……。父はもう亡くなっているし、兄とは仲が悪いし。母は……私のことが嫌いだと思うんです。手術に家族のサインが必要だったんですけど、私は母に頼みたくないと思って、それを先生に言いました。女医さんだったんです。あんまり関係がよくないし、話したくないと。そうしたら、『私が、お母さんに言ってあげようか?』って。やさしかったです。なんだか、泣けてしまって……」

結局、彼女は筆跡を変えて、母親が書いたようにしてサインし、提出したという。

契約書へのサイン
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術後の痛み、抗がん剤の副作用を、彼女はひとりで耐えた。看護師がいつも病室に顔をだして話しかけにきてくれた。「多分、気をつかってくれていたんだと思います。本当は忙しいのに」と彼女は言った。

同じ病室に入院中の女性には、母親と父親がお見舞いにきて、「がんばれよ」「よくなったら、またケーキ屋さん行こうね」と話していた。

彼女のことを見舞いにくる人は、誰もいなかった。

彼女は、友人や知人に相談したり頼ったりする発想もなかったという。「迷惑がかかると思った」「私のことで負担をかけたら、申し訳ない」そう繰り返していた。

「入院中に眠れないときがあったんです。なんだかものすごい孤立感で。それで、恥ずかしいですけど、ベッドでひとり泣いていたんです。そうしたら、隣のベッドの女性が『大丈夫ですか?』って。やさしくて、また涙が」

その女性は彼女にこう言ったという。

「あなたを見ていると、私もつらくなる」

家から追いだされた25歳男性

事例B 文字通り、路頭に迷う

中田真司さん(25歳)は、母親から家を追いだされた。どうすればいいのかわからず、とりあえず住むところを確保しなければならないと思った彼は、不動産会社に向かった。従業員に所持金はまったくないと伝えると、一瞬で表情が変わり、眉間にしわを寄せ、「福祉事務所に行きなさい」と言われた。

ケースワーカーから頼まれて彼に会うことになった私は、生活保護にいたった経緯を細かく聞きとった。

「自分がいけないんです。仕事を辞めてしまって、収入がなくなったので。職場がきつくって、自分は出来も悪くって、辞めてしまって。『ごめん、辞めた』と言うと母が……」

母親が怒りだして、彼のことを打ったり叩いたりしたという。そんなことがあるのかと驚き、疑いながらも、私は話を聞き続けた。