事前に医療に関する意思表示をする方法

以上のような理由で、ご自身が胃ろうを造ってほしくないからといって、胃ろうの保険適用に反対する必要はありません。必要なのは、事前の意思表示です。事前の意思表示は、通常、ご家族やかかりつけ医に対し口頭で「胃ろうは造ってほしくない」という意思を伝えておけば十分です。

かかりつけ医がおらず、ご家族が自分の意思を尊重してくれるかどうか心配な場合は、文書でリビングウィル(終末期医療における事前指示書)を残しておけばいいでしょう。「日本尊厳死協会」のウェブサイトで書式を入手できます。より詳しい情報を知りたければ、日本尊厳死協会に入会するという選択肢もあります。胃ろう栄養だけではなく、心肺蘇生処置や人工呼吸器の装着についても、考えておいてもよいかもしれません。

ただし、これらの処置をどうするかについて決断する前には、必ずかかりつけ医、または他の専門医から正確な情報提供を受けたほうがいいでしょう。また、いざ病気になってみると考えが変わることもあり得ます。健康な時に、胃ろう栄養が必要になった状態を想像するのは難しいので当然です。意思表示はいつでも撤回できます。

座っている高齢者の手を取り脈を測る医師
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
※写真はイメージです

「尊厳死」と「積極的安楽死」は全然違う

最後に、尊厳死を推奨している立場から寝たきり老人の胃ろうに保険適用しないことに賛成し、「寝たきりになったら管をたくさんつけられて生き永らえるよりも、潔く自然に死んだほうがいいだろう」という意見もよく見かけます。当然、「自然に死にたい」という個人の価値観は尊重されるべきです。しかし、「尊厳死」というのは自分の意志で延命処置などの治療を控えて死亡することであり、積極的に死に至らしめる「積極的安楽死」とは異なります。

逆説的ですが、ご自身が尊厳死を選びたいだけではなく、他の多くの人にも尊厳死を選ぶ権利が保障されてほしいと考えるのであれば、「寝たきり老人の胃ろうに保険適用しないこと」には強く反対すべきです。尊厳死法制化に反対する意見の一つは、尊厳死を隠れみのにして必要な医療が削減されることへの警戒です。

胃ろうを例にとれば、高齢者の胃ろうを保険適用から外すことで「胃ろうを造ってでも生きたいという自己決定権」が侵害されます。自費でなら胃ろう栄養を続けることができたとしても、経済的負担がかかるわけです。経済的な余裕がなくて、または家族に遠慮して、内心では生きたくても胃ろう栄養をあきらめる患者さんも出てくることは容易に想像がつきます。そのあきらめの結果である死は、本当に「尊厳死」と言えるでしょうか。患者さんが希望する医療や介護を十分に受けることができる環境が整ってはじめて、尊厳死は成り立つのです。

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