高齢化より医療の発達が医療費増大の原因

そもそも欧米のガイドラインを持ち出して「寝たきり老人の胃ろうに保険適用しない」と主張しても医療費削減にはつながりません。欧米では胃ろう栄養を推奨しない代わりに丁寧な食事介助などの個別対応が求められています。ゆっくり時間をかけないと誤嚥する高齢者の食事介助は大変です。胃ろうを造ったほうが介護側は手間が省けて、人件費も安く済みます。

欧米のガイドラインを参考にするなら、胃ろう以外の食事介助や嚥下えんげリハビリ、口腔こうくうケアなどにお金をかけましょうと主張すべきです。こうしたケアの医療費すら削らないと日本社会が維持できないのなら、欧米のガイドラインを引き合いに出してうわべを飾ったりしないで、日本は高齢者を支えられないほど貧乏になったと正直に言うべきです。

それに実際、日本の医療費全体をみると、胃ろう栄養にかかるお金はそれほど多くないのです。ずいぶん前から日本でも胃ろう造設の件数は減少しつつありますし、2014年に胃ろう造設術の診療報酬が約10万円から約6万円に削られたことも影響し、胃ろう造設にかかる医療費総額は以前の6億円超から3億円以下になっています(※7)。胃ろうの管理や延命による医療費増額を合わせて考慮しても国民医療費に与えるインパクトは大きくありません。

医療経済学では、国民医療費増加に寄与するのは高齢化よりも医療の進歩が大きいとされています。たとえば抗がん剤の新薬は月あたり数十万円以上するものもあり、国内の売上高が1000億円を超える薬もあります。高齢者の胃ろう栄養だけを目の敵にして世代間対立をあおると発信者は注目を集めて利益を得ることができますが、日本の医療財政の健全化にはつながりません。

※7 『日本老年医学会雑誌』53巻1号「レセプト情報からみた高齢者医療

高齢者に食事の介助をする人
写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです

胃ろう導入前には意思確認が行われる

胃ろう栄養に対してネガティブな意見が多いのは、以前の日本で医療機関やご家族が食事介助の手間を省くことなどを目的として、患者さんの意思を考慮せず行われたケースがあったからでしょう。もしかしたら今も地域や医療機関によってはあるかもしれません。ただ、それは胃ろう栄養が悪いのではなく、患者さんの意思をくみ取った医療を提供できないことが悪いのです。

ただ、現在では患者さんご本人やご家族の同意なく、胃ろうの造設はできません。実際に私は要介護度の上がった高齢者が集まる病院に勤務していますが、経口摂取が不十分で医学的に胃ろう造設の選択肢がある場合は、まずご本人の意思を確認します。ご本人に十分な認知機能が残っていた場合は、現在の病状や胃ろうや代替手段について利益と害を説明してご理解いただいた上で、ご本人の意思決定を支援します。同意が得られない場合は、胃ろうを造りません。

高度認知症などで意思表示ができない場合は、代理人(ほとんどは家族)が代わりに意思決定をします。ご家族はあくまで代わりに過ぎませんので、ご本人の意思が明確にわかればそちらを優先します。私は「ご家族はどうしたいですか?」ではなく「ご本人はどうしたかったと思いますか?」と尋ねるようにしています。「胃ろうは造ってほしくないと本人は言っていました」とご家族がおっしゃれば、やはり胃ろうは造りません。