近年、日本が貧しくなったせいか、高齢化が進んだせいか、尊厳死と組み合わせて「高齢者に無駄な医療費をかけるな」という乱暴な主張がされがちだ。内科医の名取宏さんは「医療費の増大は、高齢化よりも医療の進歩のため。世代間対立を生むような偏った主張には耳を貸さないほうがいい」という――。
病院のベッドで寝ている患者と、話をしている看護師
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極論に惑わされず正確な情報収集を

少し前、「『寝たきり老人の胃ろうに保険適用しません。飯が食えない老人は自費で生き残るか諦めてください』と言える政治家が必要になります」というツイートが話題になりました。

「胃ろう栄養」とは、口から十分な食事ができなくなった患者さんに対して、手術で腹部に小さな穴を開けてチューブを通し、胃に栄養剤を入れる方法です。他に鼻からチューブを挿入して胃や腸まで通し、栄養剤を注入する「経鼻栄養」があります。経鼻栄養のほうが手術は不要ですぐに行うことができるという利点があります。一方、胃ろう栄養のほうは口からの食事をしてみることもでき、鼻の違和感やチューブ交換のリスクを減らすことができるという利点があります。胃ろう栄養や経鼻栄養などを「経管栄養」と言います。

冒頭の言葉は極論だと思いますが、「高齢者の医療費のせいで増大する勤労世代の負担を軽減すべき」という名目によって世代間対立があおられたためか、賛成意見も多く見られました。ただ、かなり誤解もあるようです。賛成にせよ、反対にせよ、より正確な情報に基づいて考えることが望ましいと私は考えます。そこで今回は医師の立場から、この問題について考察してみたいと思います。

北欧を目指すなら医療費を増やすべき

寝たきり老人の胃ろうへの保険適用反対は、スウェーデンをはじめとした北欧型の医療政策をモデルとしているようです。しかし、北欧型の高福祉高負担の政策を目指すのであれば、むしろ保険料なり税金なりを増やして、医療につぎ込めと主張しなければならないはずでしょう。

スウェーデンで終末期の高齢者に対し胃ろう栄養を行わないなどの抑制的な医療が行われているのは事実ですが、勤労世代の負担増を止めるためにそうしているわけではありません。後述するように欧米では高度認知症に対する経管栄養は医学的な利点に乏しいと考えられていることや、本人やご家族の死生観といった文化的な背景があります。

また一般的に「欧米では胃ろうを造らず自然な死を迎えるので寝たきり老人はいない」という話も聞きますが、「少ない」ならともかく「いない」は誤りです。欧米諸国でも差があり、たとえば、アメリカ老年医学会のガイドラインには「認知症が進行した老人施設入居者の34%が経管栄養を受けている」という記載があります。

当然のことですが、「高齢者」「寝たきり」というだけで胃ろうを造らない非倫理的な医療制度を採用している先進国は、私の知る限り存在しません。