パンダ、アメリカ人に魅力を発見される

――やがて世界を席巻するパンダブームが、中国が日本の対中侵略に対抗するなかで生み出された歴史は興味深いですね。ある意味で、日本が間接的にアシストした部分があったと。

【家永】そうとも言えますが、ブームの経緯はもうすこし厳密に見る必要があります。まず、大戦前の1930年代の時点で、アメリカ人が中国で勝手にパンダを狩ったり連れて帰ったりして、アメリカで自然発生的にパンダブームが起きていたわけです。

一方、中国側はこれらの行為が自国の主権侵害であることに気づき、パンダの国外への持ち出しを制限します。ところが、やがてアメリカ人のパンダ好きを見て、これは単に持ち出しを制限するのではなく、国の管理のもとで相手国に贈ると外交に使えることに気づくのです。

――中国自身が、パンダの価値を「発見」した。

【家永】はい。そうした動きがバタバタと同時に起こったのが1930年代末から41年にかけてで、数年間で発想の転換が起きたのが面白いところです。当時、日中戦争中で中華民国政府が内陸部の重慶に臨時首都を置いていたことも、地理的に近い場所で捕獲できるパンダを起用する理由のひとつになったのかもしれません。

パンダ、円満な米中関係を演出するため利用される

――いっぽう、パンダ外交の限界性も、はやくも中華民国時代から見えています。日中戦争の時期は、贈られたパンダを通じて中華民国や蒋介石政権への好感を深めたはずのアメリカ世論でしたが、それから10年も経っていない国共内戦では、蒋介石を見捨てています。

【家永】そうなのです。その後の中華人民共和国の時代を含めて、パンダを使って相手国の外交政策を変更させたり、譲歩を引き出したりした事例はない。世間で思われているほど、パンダ外交は万能ではありません。

むしろ、相手国が対中融和政策をとってくれているときに、中国側として支持や感謝を表明したり、その政策がいい政策にみえるようにするためにパンダを使う。そういう効果を持つものなのです。

――「友好度ゼロ」を1に変えるためではなく、それまで一定程度は存在している友好関係をより固めたり、対中好感度をブーストさせたりするのに使われるのがパンダ外交というわけですね。

本書でも記載がありますが、2015年の習近平訪米の際に、当時のオバマ大統領の夫人のミシェルと、習近平夫人の彭麗媛が、スミソニアン動物園のパンダの赤ちゃんに「ベイベイ(米米)」と命名したエピソードがあります。これも両国関係がまだ緊張し切っていない当時だからできたことで、いまの米中新冷戦の時代では「パンダに名前を付けている場合なのか⁉︎」と批判すら受けそうです。

秦剛駐米大使
2021年8月21日、「小奇跡」の誕生日にメッセージを贈る中国の秦剛駐米大使(写真=Smithsonian's National Zoo/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons

【家永】そうですね。2015年の米中会談についても、必ずしも成果たっぷりで終わったとは言えないのですが、当時の時点ではその事実を別の話題でカモフラージュすることがまだしも可能で、円満な米中関係のムードを作るためにパンダが使われたとみていいと思います。書中では「パンダ・ウォッシング」と書いた手法ですね。