きちんと「老衰」と言ってあげられる医療に変わった

図表4の「老衰の割合」のグラフをもう一度見てください。ここにはさらに重要な現実が隠れています。

病院閉鎖前の時代は、「老衰」が0.9%、つまりほぼゼロです。

実はこのほうがむしろ問題なのです。要介護状態になり、寝たきりになっていく過程は、それこそ老衰ですから、高齢化率の高い夕張市でゼロに近い数字が出るほうがおかしいのです。

つまり、病院の閉鎖によって、きちんと「老衰」と言ってあげられるような医療に変わったことを、このグラフは示しています。

実はかつての死因の中にも老衰が多く隠れていたけれど、心疾患や肺炎の病名がついていたわけです。

それが素直に老衰と診断できるような医療、「治すことを目指す医療」から「生活を支える医療」にシフトしていったため、死因としての心疾患も肺炎も下がったように見えるのです。

結局、心疾患や肺炎の数が減ったということではなく、医療の中身がシフトしていったということです。

そして、それでも死亡率がほぼ変わらなかったこと。これが夕張の医療を俯瞰ふかんして見えてきた驚愕きょうがくの事実なのです。

患者の手を握る家族
写真=iStock.com/FG Trade
財政破綻の夕張では老衰が増えた(※写真はイメージです)

おじいちゃん・おばあちゃんは家にいたい

さらに面白いデータがあります。訪問診療の患者数の推移です。

病院閉鎖までは、訪問診療はまったくなされていませんでした。

「何かあったら病院に来なさい」
「救急車でもタクシーでもいいから、とにかく病院に来てくれたら治療をします」

という体制でした。

ある意味これはこれで市民にとっては大きな安全・安心なのかもしれませんが、中小規模の病院ではすべての高度救命医療をおこなうのは難しい実情もあります。

山間の病院でどこまでやるか、これは地域によってケースバイケースになるでしょう。

実際には、おじいちゃん・おばあちゃんは、家にいたいと言う人が多いのです。

入院すれば食事の時間も決まっていて、テレビも消灯時間以降は見られないでしょう。

せっかくの残りの人生がその分だけ制限されてしまいます。