東大出身の銀行員が痴漢騒ぎを起こした理由

銀行の広報部次長だった時、ある事件に遭遇した。それは行員の痴漢事件だ。その行員は東京大学出身で能力は高かったと思うのだが、あまり偉くなれなかった。支店長にはなったが、大きな基幹店ではない。

不満を抱いていた。いつも周囲に「あいつは俺よりバカなのに」と役員になった先輩や同期のことをののしっていた。彼は、ある企業に出向した。名のある会社だった。しかし役員ではなかった。部長だった。

ある日、広報部にとんでもないニュースが飛び込んできた。彼が痴漢で逮捕されたというのだ。

すわっ、一大事!

私は、総務部に警察とのコンタクトと情報収集を頼み、人事担当役員に連絡し、すぐに出向先の会社の社長に会ってほしいと頼んだ。

出向先の社長と会う段取りは私の方でつけた。

私は人事担当役員に同行し、社長の自宅に赴いた。人事担当役員は社長に事件のことを謝罪した。

事件は、酒に酔っていた彼が、電車内で座席に座っていた女性客の前で、ズボンのファスナーを上げ下げしたというものだった。

混雑する電車内
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人事担当役員は、彼を銀行に引きあげてもよいが、もし温情があるならそのまま留まらせてほしいと頼んだ。彼は、今は出向だが、早晩、転籍になる予定だった。

社長は温かい人で、大きな問題にならなければ、このまま我が社で働いてもらって結構だと言ってくれた。

「バカな後輩」に先を越されたことを知った故の愚行

弁護士、警察関係者などを総動員して、なんとか示談に持ち込み、彼は釈放された。

なかなか所属している会社などを言わなかったので、警察の心証が悪く、てこずったのだが、なんとか、大きな問題にならずに済んだ。

彼は、出向中の会社に転籍し、ほとぼりを冷ますために海外勤務となった。

なぜ彼が痴漢騒ぎを起こしたか。それは彼の不満にあった。騒ぎを起こしたのは、銀行で新しい役員が発表になった日だった。彼は、出向先のあるパーティに出席し、酒を飲んだ。

自分は銀行の役員になれないのに、「バカな後輩」が役員になる事実を知って、悪酔いしてしまい、それで電車で帰宅する時に、尿意を催し、夢見ごこちで、ズボンのファスナーを上げ下げしてしまったのだ。

週刊誌がこの騒ぎを嗅ぎつけ、記事にしたが、私は「彼は夢を見ていたのです」とコメントした。このコメントは秀逸だと他行の広報に褒めてもらったが、それはさておき、いつまでも過去の栄光にこだわっていると、こんな目にあうという話だ。

過去は過去、今は今ということだ。幾つになってもその場、その場で頭を切り替えて暮らさなければならない。