顧客が求める「本質的な価値」は何か
では、常に世の中の動きや消費者が先かというと、これも違う。マーケティングというのは、ある意味で消費者をリードしなくてはならないという側面もありますし、かといって消費者を無視してリードすると、ついてきてもらえない。逆に常に消費者が先で、いつもそれに追随していくかというと、そんなこともありません。
マーケット・オリエンテーション(市場志向)という言葉がありますが、これは顧客を見据えて、単に顧客にリードされるという意味ではありません。カスタマーリードといって、顧客にリードされるという考え方も一部にはあるのですが、マーケット・オリエンテーションの考えではそうはとらえません。顧客に追随するだけでなく、場合によっては顧客をリードするという両面が入っています。
やはり企業と消費者というのは両輪で、どちらかが先に進んでもうまくものは売れない、それこそがマーケティングなのだと思います。抜きつ抜かれつの関係といいますか、ケースバイケースで、ある場合には企業が主導するし、ある場合には顧客がリードする。
一歩先だとお客さんがわからない、だから半歩先の商品でないと駄目なんだという経営者がいらっしゃいます。これはなかなかおもしろい表現です。そういう分野もあると思います。かといってすべて半歩先がいいかというと、そうではありません。プロダクトには顧客ニーズ掘り下げ型の商品と、市場創造型といわれるようなものがありますが、たとえば最近のヒット商品で、フリクションボールという消せるボールペンがあります。
消せるボールペンに対する需要があるのは、消費者はみんな知っていたわけです。しかし、これまでは技術が追いついていなかった。しっかり書けるものは落ちが悪くなるし、消しやすいものは書き味やインクの安定性が悪かった。ところが摩擦熱で反応するインクができたがゆえに、一気に問題が解決したのです。
そういった、もともと顧客ニーズはわかっていたのに技術が追いつかなかったものがある一方、逆に顧客がまったく思いもつかなかったようなものもあります。たとえばスマートフォンやタブレット端末で用いられているマルチタッチ技術。こういった発想は、パソコンを使っている人間に聞いても、おそらく出てこなかったのではないでしょうか。せいぜい銀行ATMのタッチパネルくらいが関の山でしょう。だからそういった製品は技術が主導して顧客があとからついてくるという構図になります。私は、こういうところがマーケティングの醍醐味だと思うのです。
同じ会社にあっても、こちらの製品はニーズ掘り下げ型で、あちらの製品は市場創造型という場面はあると思います。両方を同時に追うというのは難しい。ですからマーケター、特にCMO(チーフマーケティングオフィサー)といった肩書きを持つ方は、どちらのスタイルに軸足を置くのか、製品ごとでスタンスを決めなければいけません。そうでないと一方的になり、視野が狭くなります。かつて「Marketing Myopia(マーケティング近視眼)」という有名な論文がありまして、そのなかでは「具体的な製品ではなく、顧客のニーズを、本質を見ましょう」といわれています。
鉄道に乗りたい顧客は、実は鉄道そのものではなく「輸送」という本質的な価値を求めているという有名な話があります。映画を観る人は映画ではなく、娯楽を求めているのだと。要するにマーケティングの実践では、顧客に追随すればいいというものではなく、顧客をリードしなくてはいけない。遠くも見なくてはいけないし、広角で見なくてはいけない。ワイドな目、とでも言うべきでしょうか。これがおそらくマーケティングのトップに求められるスタンスなのだと思います。