「抗議やデモ」に悪印象をもつ日本人が多い
多くの日本人は「座り込み」は、こちらの要求が通るまで殴られようが、蹴られようが、そこをじっと動きません、というガンジー的なものをイメージしがちだが、世界では「抗議の意志」を示すアクションのひとつだと捉えられている。
「そんなもん知らねえよ!座り込み抗議っていったら抗議のためにずっと座り続けているって受け取るのが普通だろ」というツッコミがありそうだが、まさしくその「知らねえよ」こそが基地反対派の「敗因」だ。
これまで紹介したようなことを、ほとんどの日本人は知らないし、興味もない。だから、ひろゆき氏に言われるまま納得して拍手喝采となっている。日本人の「社会運動への無理解・無関心」が、ひろゆき氏にナイスアシストとなっているのだ。
しかし、海外の反対運動の現場で同じような指摘をしても、そんなムードにはならないだろう。ストライキや抗議が日本よりも身近なものなので、「大切なのは抗議の意思を示すことなので、時間じゃないでしょ」「行動を起こして、続けていることを評価すべきじゃない」という感じで、反対運動を擁護する人々も多くいるからだ。
若い人ほど「デモ」を否定的にみている
そのような意味では、今回の炎上騒動が浮かび上がらせたのは、実は「沖縄基地反対運動のいかがわしさ」などではない。「われわれ日本人が他国の人々と比べて、抗議やデモという社会運動をする人々に悪い印象を持っている」という厳しい現実だ。
「おかしなデマを流すな! 安倍国葬への抗議の時もすごい人が集まったじゃないか」と激しい怒りを覚える「市民」の方もいらっしゃるだろうが、そういう個々の熱意のある人々はどんな社会にも一定数いらっしゃるものだ。
あくまで国民全体で見ると、他国と比べて明らかに社会運動そのものに「アレルギー」がある人が多いことが様々な調査で浮かび上がっているのだ。
例えば、2019年にシノドス国際社会動向研究所が「生活と意識に関する調査」を実施し、20歳から69歳を対象に、社会運動に対するイメージの分析を行ったところ、若年層になればなるほど、「デモ」を否定的に見て、60代だけが突出してポジティブな印象を受けていることがわかった。