示すべきは細かい説明ではなく本質を表す“方程式”

――東芝の方向性を決めるのは大変そうです。

やはり利害が異なるあらゆる関係者に納得してもらうというのは難しいですね。先ほど会社を「巨大な船」に例えましたが、東芝には社員、お客様、取引先、国や地域社会、そして株主と、複数のステークホルダーが存在します。どのステークホルダーが欠けても、このビジョンは実現に導くことはできません。だからといって、すべての人にいい顔をしようとしてはビジョンは作れない。

自分の考えはしっかり伝えなければいけませんから、そうした内容になるように皆を説得して回りました。

大事なのは、ビジョンを細かく説明するのではなく、哲学のように抽象的に表すことです。本質を方程式で表す、つまりメタ化して、それを他者が理解できる言葉に翻訳するのです。未来のことはまだ仮説ですから、それをそのままポンと出しても理解は得られません。

島田太郎社長
撮影=遠藤素子

これまで温めてきた思いを満載しながらも、それを人の心に刺さるような、特徴的な言葉で表そうと心がけました。たとえば、長期ビジョンの中にある「SHIBUYA型プロジェクト」という言葉は、コンサルタントに依頼したわけではなく僕が言い出したものです。

渋谷の街はいま、大変貌を遂げています。何百万人も行き来する状態を止めることなく、根本的に変えようとしている。これはまさにわれわれと重なります。モノを売る総合電機の会社から一転、データサービスの会社へと業態を変えながらも、顧客の事業は止めない、投資家の期待に応えるという思いを、「渋谷の街のように、いくつものステップを経てビジネス(電車)を止めずに会社(街)を再生する」という形で表現しています。

まずはこれをコンセプトとして示し、それを成功させるためにこういうことをするつもりですと、段階的に詳しく説明していきました。こうした表現手法が、皆さんの理解や承認につながったのではと思っています。

東芝が持つ実世界のデータはGAFAをも勝る武器になる

――なぜデータビジネスを事業の柱にしようと考えたのですか。

まず「世界で最も稼いでいるGAFAの企業たちと東芝との差はどこにあるのか」と考えました。技術レベルで言えばわれわれのほうが原子力や量子といった難しいことをやっているのに、現実的には彼らのほうがはるかに儲かっています。一体なぜでしょうか。

それは、彼らが巨大なプラットフォームを持っていて、そこに集まる膨大なデータを有効活用しているからです。しかも、この情報ネットワークは人が集まれば集まるほど自動的に増幅されますから、当然、事業もどんどん伸びていきます。

ただし、GAFAが取得できるデータはデジタルの世界のものだけです。実際は、人間は店舗で買い物をしたりエレベーターに乗ったりと、実世界でもさまざまな行動をしています。そのため、実世界とデジタル世界を合わせた全データのうち、約8割は埋もれたままになっていると言われています。

そして、東芝はその埋もれたデータを持っているのです。われわれは、店舗のレジに使われるPOSシステムやエレベーター、照明など、現実世界での事業を数多く展開しています。これらから取得したデータをビジネスに生かせばGAFAに勝てるのではないか──。そう考え、長期ビジョンで「その未来を目指せば東芝は再び世界に冠たる企業になれる」という理論を描き出しました。