※本稿は、道上尚史『韓国の変化 日本の選択 外交官が見た日韓のズレ』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
「日本企業はもう自分たちのライバルではない」
ビジネスにおいて韓国が日本をどう見ているのだろうか。エピソードを紹介したい。8年ほど前、サムスン、LGという二大財閥の総帥自身の口からこんなことを聞いた。
「部下たちは、日本企業はもう自分たちのライバルではないと言います。私はいつもその傲慢さを戒めるのです。日本企業は今でも底力がある。10年先を見た技術開発は韓国にないものだと」
これは、日本大使が両財閥幹部を別々に招いた会食でのことだが、はかったように同じ発言があった。二人とも日本での生活経験がある。部下といっても専務・常務を含む重鎮なのであって、「日本企業はもうライバルでない」と感じているのはエリート層の広い範囲に及んでいるのだなと思いつつ話を聞いた。
韓国ビジネスの強さは日本でもよく知られている。積極的な海外展開と現地食い込み。トップダウンの迅速な経営判断。熾烈な社内競争。「売れる」ものを作る工夫と市場調査。食事の席でも、世界各地での投資案件をよく理解し一番悩んでいるのは、トップ自身であろうことがうかがえた。東南アジアやヨーロッパの、中南米やアフリカの国情を、ビジネス折衝の苦労を(具体論は避け一般論の形で)語っていた。
上記総帥の一人は、日本の「10年先を見る」技術力称賛に続け、「でも10年先のことは誰もわからないんです。米国も日本もわからない。いや、技術力は重要なのですが」と付け足した。彼はこう言いたかったのではないかと私は想像する。「技術は重要だが、それはビジネスのいくつかの柱の一つ。日本は技術には比較的強いが、大きな戦略判断とそのスピード、海外での現地食い込みとニーズ把握が弱い。柔軟で大胆な組織改革についてもだ。自分たちのほうが頭と足を使っている」と。