「事務方が大事な客の取引をぶっ壊すなんて最低だな」
菅平君が持ってきた取引の伝票を見直した。金利優遇の際に書き込む欄が未記入で、投資信託とのセット契約であることも書かれていなかった。
伝票を受け取った預金担当課は、金利優遇をすべき取引であると認識しないまま処理をし、その通帳を菅平君が急いでお客のもとに戻してしまった。コミュニケーションの齟齬が原因だが、われわれ預金担当課からすると、担当者の記載がなければ、ミスの発見は難しい。
「これはさすがにないですよ。記載がなければ、通常の金利で定期預金を組むのが当然です。菅平さんはいっつもいい加減なんです。起こるべくして起きた事件だと思います」
課長代理の鈴木さんの言葉は、預金担当課の思いを代弁したものだった。夕刻、阿部支店長と菅平君が戻ってきた。支店長はまっすぐ支店長室に入ると音を鳴らしてドアを閉めた。ほどなくして私の机の電話が鳴る。
「すぐに支店長室に来なさい」
行内の不穏な空気を察して、オペレーションを担当した若手女性行員が涙ぐんでいる。伝票をまとめ、支店長室に走る。顔を真っ赤にした支店長の隣に弱り顔の薮野課長、その向かいに能面のように無表情な菅平君が座っていた。
「はぁー」
阿部支店長が露骨にため息をつく。
「事務方が大事な客の取引をぶっ壊すなんて最低だな。どうしてくれるんだ?」
阿部支店長が声を荒らげることはない。腕組みをし、冷たい視線を送ってくる。
「申し訳ありません」
私が詫びると、しばらく沈黙が続く。
「キミら、誰が稼いだ金で給料もらってんだ」
「どうしてこんなことになった?」
「原因を確認しましたところ、菅平さんがお客さまからいただいた伝票に記入漏れがありまして……」
「菅平君が悪いって言いたいのか? キミら事務だろ? 事務が確認すべきところだろう」
菅平君も口を開く。
「私は手続き内容を口頭で伝えたかと思います」
そんなはずはない。そんな重要なことを伝えられていたら、事務方はすぐに処理するはずだし、こちらが通帳のチェックをする前に急ぐからと持っていってしまったのは菅平君なのだ。
「しかし、伝票に何も表記しないというのはまずいよ……」
菅平君に向かってそう言うと支店長が大きなため息でさえぎった。
「目黒課長、この期に及んで自分の課の失態を菅平君のせいにするのか。営業は忙しいんだ。伝票に書いてなきゃ、キミが書けよ。キミら、誰が稼いだ金で給料もらってんだ。自分の管理疎漏を棚に上げて営業のせいにして。そんなだから取引先課の課長をクビになったんだろう」
菅平君が薄笑いを浮かべているのが見えた。