よりよく生きるとは自分を持ち続けること
——金沢さんが育児をしながら新しいスタイルを切り開いて認められたという事実に、多くの女性が勇気づけられると思います。
【金沢】そもそも「新聞紙のドローイング」の始まりは、大学を出て作品制作から離れて関係のない仕事をしていた時でした。仕事で疲れて、家でちゃぶ台に置いてあった新聞紙に落書きをしてたんです。うれしそうに両手をあげる政治家の顔をなんとなく黒く塗っていたら、彼の顔からバーってきれいな星のようなものが出てきて、気が付いたら紙面いっぱいに夜空が広がっていました。
全く予想していなかった光景を目にした時、がらりと視点が変わるような感覚を覚えました。自分が今見ている限定された世界が崩れ、無限の時間軸の世界が立ち現れたような、俯瞰した視点に立ち戻れた。それまで作品を制作しているときに経験してきた感覚でもあるのですが、「でも、この感覚を他の人に感じてもらうには、新聞紙1枚だけでなく、圧倒的な量と時間が必要だろうな」という思いがありました。
今回の森美術館の企画展のサブタイトルは「パンデミック以降のウェルビーイング(編集部注:「よりよく生きる」という意味)」ですが、個人的にもこの作品は自分自身を取り戻せた、本当にただ想像する人に戻れる時間を再び与えてくれました。偶然ですが、今回の展覧会を通して、この作品が自分にとって「よりよく生きる」ことを問うところから始まった作品だったんだなと改めて気づかされました。
(構成=小田慶子)