ジョブズが同じ服を着続けた理由
日々の生活のなかで、意志とは関係なく勝手に手が動くと感じることはないので、こうした実験結果に驚く人が多いでしょう。
この結果は自由意志が存在していないことを示しているわけではありません。ほかの実験からも、「動かす」と決めたあとに、意志によって「やっぱりやめた」と取りやめることもできるとわかっています。
それに、指を曲げることと人生の目標を考えることでは、もちろん異なる部分も多くあります。経験としてもエピソードとしても、意志を強く持つことによってなにかを成し遂げられた例は多数あります。
しかし、その後の多くの研究から、人間はさまざまな活動を無意識のうちに決定し、自由意志がそれを追認して、その結果「自分で決めた」と思い込んでいることがわかってきています。指を曲げるという簡単な動作に限らず、日々のさまざまな活動で、無意識下で脳の決定に大きく影響されていることは変わりません。
また、自由意志によってなにかを決断することが、とても負荷の大きな活動であることも一般に知られるようになりました。スティーブ・ジョブズが同じ服を何着も揃え、服の選択に意志決定のリソースを使わないようにしていたエピソードはとても有名です。
人間が毎日、自由意志にもとづいてできることには限りがあります。目標達成するのに長い期間が必要なときに、意志の力で目標達成のための活動を継続しようとしてもなかなかうまくいきません。
「自分は意志が強いから大丈夫」と思う人もいるかもしれませんが、自由意志という限りある貴重なリソースは、より創造的なことに使ったほうがよいのです。
「意志の力」で継続するのは“非効率”
さらに、意識することでうまくいかなくなることもあります。
たとえば、舌の動きを意識するとうまく話せなくなったり、呼吸に意識を向けると逆に息苦しく感じてしまったりします。また、心理的な影響としても、やってはいけないと禁止されたことは余計にやりたくなったり、「秘密だよ」と言われると人に教えたくなったりすることもあるでしょう。
目標に関連するところでは、締切が近づいてくることでやる気が出るという面がありつつ、一方で机や部屋の整理をはじめるなど、なにか別のことをやりたくなってしまうこともよくあります。自然な思考や感情を抑え込むといろいろな悪影響があるとも報告されています。
意志の力でなにかを継続したり、モチベーションを保ったりすることは不可能ではありませんが、効率的ではありません。特にそれが長期間にわたるものであればなおさらです。
これまでなにかを継続できなかったとしたら、それは意志の力に頼りすぎていたからかもしれません。あなたの意志が弱いからではなく、脳の性質を上手に活用できていなかったからなのです。