ダメダメな自分すらも楽しめばいい
もし私が1社しか勤めたことのない会社員だったら、もんじゃ焼き屋でアルバイトをしてみたい。
会社内ではベテランのオジサンが初心者となって、20歳そこそこのバイトリーダーに仕事を教わり、「そうじゃない!」なんて怒られたりしながら接客に立つ。なんと楽しく新鮮な体験になるだろうかと思う。
そう、その気になれば、今は副業でバイトだってできるのだ。新しい環境に行けば、誰だってダメダメな部分が露呈する。そんなダメダメな自分すらも楽しめばいいのだ。
少し極端な例だったかもしれないが、1社にがんじがらめになっているよりは、ずっといい。いろんな環境を知ることで、1社しか知らない人よりは深みのある人間にもなれるはずだ。要するに、人間の幅が広がるのである。
しかし、なかなかどうして日本では転職しづらい。「1社で定年まで勤め上げる」という傾向は薄れているだろうが、優秀な人も大企業に入って20年もすると視野狭窄の昭和的サラリーマンになる傾向は残っている。
同族企業にいるうちに自分まで一族に加わったかのような「気持ちだけ同族」な会社員も多いだろう。
退職金に縛られて転職しないのはつまらない
転職してもいいのに転職しにくいのは、退職金制度にも問題があるからだ。
最初の転職タイミングの30歳はともかく、2回目のタイミングである45歳は、ローンで家を買うころだ。その返済に退職金を組み込んだりするものだから、もう会社から逃れられない。あとは定年まで保身に走るしかなくなるのだ。
となると、まず退職金税制を変えることが、人材の流動性を高める政策となるだろう。異様に低い退職金の税率を、通常の給与所得より高い水準に引き上げる。次に、退職金に相当する額を、確定拠出年金資金として毎月会社に支給させる。これは非課税とする。
すると結果的に退職金はなくなるが、毎月の手取り額は確実に増えるし、確定拠出年金資金とすることで金融市場にも資金が供給される。そして、個人の人生にもっとも重要なこととして、「退職金に縛られないから転職しよう」という人が増えるのだ。
そもそも退職金という制度が、昭和の遺物である。戦後間もないころには企業にカネがなく、賃金をまともに支払えなかった。そこで「40年後にまとめて支払うからね」と賃金の後払いを社員に申し出たのが、退職金制度の始まりなのである。
メガバンクやゼネコンといったドメスティック大企業から、すべての若手社員を成長分野や中小企業に引き抜くのもいい。困った大企業は、子会社や下請け企業などから人を採用し始めるであろう。彼らの給料は一気に上がるはずだ。結果的に、国全体として平均給与が上がり始めるだろう。
大企業を叱るだけでは意味がない。彼らは巨大な質量とシステムがもつ慣性で生きているからだ。だからこそ、若手を引き抜いてしまうのである。大企業はロートルばかりになり、必然的に変化せざるを得なくなるだろう。