私が「四季報」で行う対談は毎回1時間ほどです。雑談だと30分も続かない私が対談ならなぜ続くのか。それは、自分の考えを相手にぶつけることができるからです。

鈴木敏文●セブン&アイ・ホールディングス会長兼CEO。1932年、長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)入社。63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設して日本一の小売業に育てる。2005年セブン&アイ・ホールディングスを設立する。

こちらはお招きする側なので、基本的には聞き手のホスト側に回ります。ゲストについての必要最小限の知識は入れておきますが、資料を読み込むといった事前の準備はしません。講演も原稿など用意しないし、会議も事前に資料を読まず、テーマも聞かず、出席するのが私のやり方です。

もちろん、事前に準備をして、それを役立てられれば、それに越したことはないでしょう。ただ、私の場合、頭の中を白紙の状態にしておいたほうが、講演でも観客の反応を見ながら頭をフル回転させるとふと話題が浮かぶし、会議でも先入観なくおかしいことはおかしいと突っ込みができます。対談の場合も、事前に資料を読んでも、付け焼き刃の生半可な知識になってしまい、話がかみ合わなくなってしまうことが結構あるように思うのです。

それよりも、ゲストの話を聞いて共感するところがあれば、自分の考えをぶつけてみる。すると、向こうからまた反応が返ってくる。そのやりとりの中から、想定していなかった話題が出てくることを期待したいのです。もちろん、ホスト役として相手の話を聞くことも大切です。しかし、聞くだけだったらゲストの書いたものを読めばいいわけです。

聞き方にしても、プロはもっと上手に聞けるかもしれません。しかし、本当に価値のある話は聞き方のうまい下手ではなく、自分の考えをぶつけることで引き出せるのです。これは顧客と商談をするときにもいえます。事前に資料を読み、それをもとに聞くだけなら、どんなに上手な聞き方をしても、すでに出ている情報しか取れないでしょう。その情報は競合もつかんでいるかもしれません。顧客から本当に価値のある情報を引き出そうと思ったら、自分なりの考えをぶつけ、双方向のやりとりをすべきです。

それには、自分の考えや持論をしっかり持たなければなりません。私の場合、それは非常に明快です。変化に対応するには常に過去の経験を否定しなければならない。

売り手側の勝手な思い込みで「顧客のため」と考えるのではなく、「顧客の立場」で発想しなければならない……等々、いうことはいつも同じです。考え方がいつも同じでブレないことが実は一番大切だと私は思っています。例えば、セブンーイレブンやヨーカ堂では毎週、会社の抱えるさまざまな問題や改革すべき課題を検討し、全社をあげて解決していく業革(業務改革委員会)を開催します。その場で私が話すことは30年間、一貫して変わりません。そのときどきで課題は違っても、基本は一つでブレようがありません。それが経営に対する社員の信頼を生みます。

顧客との商談でもそうです。話術が巧みでも、その都度、いうことが変わる人間を誰が信用するでしょう。一方、話し方はうまくなくても自分の考えをきちっとぶつけ、いつもブレない人間を顧客は信頼します。それは別に難しい知識である必要はなく、自分の経験の中で学んだものでかまいません。むしろそのほうが同じ人間として共感を呼ぶでしょう。

話術を磨く前に、まずは自分の考え方をしっかり持つことを目指すべきではないでしょうか。

※すべて雑誌掲載当時

(ジャーナリスト 勝見 明=インタビュー・構成 尾関裕士=撮影)