対日戦に積極的ではなかったソ連

冷戦後の情報公開で、当時のアメリカにはソ連のスパイのネットワークが張り巡らされていたことが明らかになりました。ですから原爆に関する何らかの情報は、スターリンの耳に入っていたと思います。しかしそれが、意思決定にどう影響したかはわかりません。日本に潜伏していたリヒャルト・ゾルゲが独ソ戦開始の日時を報告したのに、スターリンは無視した過去があるからです。

そもそもソ連は、対日戦に積極的に参戦したいと考えてはいなかったと思います。大きな理由は、対独戦の疲弊が相当にひどかったからです。加えて、関東軍の戦力に対する過大評価もありました。

ポツダム宣言で蚊帳の外に置かれたことが、スターリンに参戦の意思を強めさせたに違いありません。また、9月2日に行った演説に表れているように「日露戦争の仇を討ち、失った領土を取り戻したい」という思いから、疲れ切っていた兵士や国民を鼓舞したのでしょう。

ナショナリズムには、血統的なナショナリズムと領域的なナショナリズムがあります。ロシア人は古くから、土地にこだわる領域的なナショナリズムが強いようです。スターリンは、国民のそうした心理をうまく利用したのです。

ソ連が満州に侵攻したのは、8月9日でした。対独戦勝記念日は5月9日ですから、ヤルタ会談で「ドイツ降伏の3カ月後に参戦する」と宣言した通りになりました。

プーチンが建てたスターリンの銅像

そのスターリンから学んだのが、プーチン大統領です。

ヤルタ会談の場所は、クリミア半島の保養地ヤルタにロシア皇帝ニコライ二世が建てた別荘「リベディア宮殿」でした。2014年、ロシアはクリミア半島を併合します。戦後70年を迎えた翌年の2月、プーチン大統領はリベディア宮殿の前に、ひとつの銅像を建てました。それは、チャーチル、ルーズベルト、スターリンが並んで座っている姿です。

21世紀の戦争論』は2016年に出版された本ですが、次のようなやり取りがあります。

【佐藤】チャーチルとルーズベルトを加えることで、「われわれは歴史的事実を銅像で示しただけで、スターリンを称賛しているわけではない」と言い訳しているようですが、プーチンがスターリンの帝国主義を二十一世紀に蘇らせようとしていると、私は疑っています。

【半藤】そうですか。プーチンはもしかすると帝国主義者なのかもしれませんね。

残念ながら現実は、この通りになってしまいました。

(構成=石井謙一郎)
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