こう整理していくと、スナク前財務相の主張する、エネルギーに的を絞った減税と、供給増につながる法人税改革を行ったうえで所得税を減税するという経済政策方針は理にかなっている。だが物価高に苛まれている有権者は、負担の軽減が見込まれる大規模減税を主張するトラス外相のほうに耳を傾けがちだ。
トラス外相の主張が経済的に正しいかはさておき、早々に大規模減税に言及した選挙戦術は巧みだったし、それ以上に、健全財政を重視するスナク前財務相にとって今回の党首選はそもそも不利な戦いといえる。
なおトラス外相が保守党の新党首となり、英国の新首相に就任する運びとなった場合、欧州連合(EU)との関係悪化も懸念される。トラス外相はジョンソン首相の片腕として、EUとの間で合意に達したはずの英領北アイルランド=アイルランド間の通商ルールの一部に関して、一方的な撤回を声高に主張してきた経緯がある。
EUから離脱したとはいえ、英国の貿易の半分は引き続きEUとの間で行われており、英国はEUに対して大幅な輸入超過である。そのためEUとの通商関係が悪化すれば、貿易と物流が停滞し、国内のインフレに拍車がかかるリスクがある。トラス外相が新首相に就任した場合、これまでの強硬路線をどの程度修正できるかが注目点となる。
減税・バラマキだけではインフレは収まらない
英保守党の党首選は、民主主義の在り方と望ましい経済対策が往々にして相反することを体現した現象といえそうだ。
政治は時として、民意に背いても大局的な観点から決断を下す必要があるが、ジョンソン首相の醜聞が相次いだこともあり、英国の政治では短期的な人気取りが先行している。これは日本にも耳が痛い話だろう。
その日本でも、水準はさておき、インフレは着実に加速している。日本は慢性的な需要不足であるし、肥大な公的債務を抱えている以上、利上げを行うことは容易ではない。だが、インフレの主因がエネルギー価格や食品価格の高騰である点は、日本と英国やEUと同じである。
経済政策の在り方は、家計向けの減税よりも、エネルギーの供給の増加につながるような政策が望ましい。エネルギーの安定供給は重要な課題であり、それが物価の安定、ひいては経済の安定にも貢献する。もちろんバラマキでもない。
日本は先般の参議院選を終えたことにより当面は国政選挙がない状況が続く。だが単に有権者におもねるような減税・バラマキを行うだけでは、インフレは一向に収まらない。電力に代表されるエネルギーが不足しないよう、その安定供給に向けた経済政策を立案・実行してくことが重要である。