対するスナク前財務相は、トラス外相が主張するような大型減税は財政の悪化につながるため、金利が上昇し、景気がかえって停滞すると主張してきた。

スナク前財務相の慎重な財政政策スタンスは、与党・保守党の本流の経済観でもある。実際、一般党員とは異なり、保守党に所属する国会議員の支持はスナク前財務相のほうに集まっている。

インフレ対策より目先の減税を求める民意

インフレの加速は世界的な現象だが、英国でもそれは顕著である。最新6月の消費者物価は前年比9.4%と40年ぶりの高水準となった。

インフレは主にエネルギーや食品の価格高騰を受けたものであるが、インフレ期待を鎮めるために英国の中央銀行であるイングランド銀行(BOE)は8月の定例委員会でも0.5%の大幅利上げを実施した。

トラス外相が推し進めようとしている大規模減税は、インフレによって強まった家計の負担を軽減するため、有権者に歓迎されるのは当然である。その反面で、こうした大規模減税は需要を刺激することから、BOEによる利上げの効果を弱めるばかりか、かえって高インフレの定着につながるリスクを持っている。

利上げによる景気の腰折れを防ぐ観点に立てば、ある程度の減税や公共投資の強化は致し方がない。300億ポンドというGDPの1%強に相当する減税は規模が大きく、当然だが、その分だけ歳入は減少することになる。財政悪化懸念から金利が上昇し景気が停滞するというスナク前財務相の主張のほうが的を射ている。

とはいえ、やはり民意は減税のほうを支持する。

はためくユニオンジャックの向こうにビッグベンとウエストミンスター
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一般の保守党員の支持を確保するため、スナク前財務相は徐々に減税の方針を打ち出すようになった。手始めに7月末、エネルギー関連に限定した付加価値税(VAT)の引き下げを公約に掲げ、8月1日には2029年までに所得税の基礎税率を現行の20%から16%に下げるという公約を加えた。

この所得減税が実現すれば、過去30年で最大規模の減税となる。スナク前財務相はインフレに配慮するため、まずはエネルギー関連に限定したVATの引き下げを行い、法人税改革を経たのちに、2024年から段階的な所得税率の引き下げに着手するとしている。スナク前財務相の主張はトラス外相に比べるとやはり慎重だ。

「理にかなった政策」が選ばれるわけではない

英国のみならず、現在の世界的なインフレの加速は供給の減少を主な原因としている。そのため供給の増加につながるような経済政策が求められるところだが、一般的に供給は増加するまでに時間を要する。天然ガスが足りないからといってガス火力に代わる原子力や再エネの発電所を造ろうとしても、すぐには建たないし稼働しない。

そうなると、物価を安定化させるためには、供給を刺激すると同時に需要を抑制せざるを得なくなる。少なくとも、需要刺激策をとることだけはご法度だ。