僕の父が、この現象の道徳的側面を見事に言い表したことがある。ずっと昔のことだが、合同メソジスト教会の協議会でスピーチしたとき、父はこんなふうに言った。
「マラリアで苦しむ人たちは人間です。国家安全保障の戦力ではありません。輸出品の市場でもありません。対テロ戦争の盟友でもありません。わたしたちとはなんの関係もないところで、無限の価値をもつ人間なのです。愛情を注いでくれる母親がいて、必要としている子どもがいて、慈しんでくれる友人がいる。われわれはその人たちに手を差しのべるべきです」
世界の健康状態が向上すれば国際関係もよくなる
まさにそのとおりだ。20年前にメリンダと僕がゲイツ財団を立ちあげたときには、この格差を減らし、最終的になくすことを目指して資金を提供することを最大の焦点にした。
道徳面での主張を展開しても、ひときわ豊かな国の政府を完全に納得させて、自分たちの国民を殺していない病気を減らしたり根絶したりできるだけの資金を出させることはできない。さいわい説得力をさらに高める実際的な論点もある。たとえば、健康状態が向上すれば世界はもっと安定して、国際関係もよくなるといった論点だ。僕は長年それを主張してきたし、いまCOVIDの時代には、新薬と保健制度に資金を投じれば、世界に広がる前にパンデミックを食い止めるのに役立つという恩恵もある。
パンデミック予防と感染症プログラムは一方ではなく両方すべきこと
マラリアなどの感染症と闘うためにすべきことは、ほぼすべて将来のパンデミックに備えるのにも幅広く役立つし、その反対も同じだ。パンデミック予防か感染症プログラムか、どちらかひとつを選んで資金を投じなければならないという二者択一ではない。そのまったく反対である。両方できるのではなく両方すべきなのであって、それは両者が互いに補強しあうからだ。
国際保健において世界が成し遂げた進歩と、その進歩を可能にしたものをおさらいしておこう。前述した格差はたしかにひどいが、いまは歴史上のどの時点よりも小さくなっている。保健の基本的施策についていえば、僕らは正しい方向へすすんでいるわけだ。この進歩がどのように起こっているかはスリリングな物語で、パンデミックを予防する世界の能力にも直接関係している。