認知症の症状が出始めた70代の父親の症状は日に日に悪化し、暴力や徘徊も日常茶飯事に。病院や施設への入所が決まり、40代娘の介護の負担は減ったが“介護後遺症”のような症状に悩まされた。その後、父親は80歳で他界。「悲しいという感情はなかった。父の臨終は望んでいましたが、うれしいという気持ちもなかった。ただ『これで終わった』とほっとした」と話す――。
ベッドに横たわる男性の足元
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【前編のあらすじ】関東在住、都内のメーカーで一般事務を務める増井貴子さん(40代・独身)はひとりっ子で実家から通勤している。小さい頃から両親はお金のことで常に揉めていたが、父親が定年したあと、家庭の雰囲気はさらに悪化。父親の認知機能が低下し始め、家族に暴力を振るった。その後、父親の異常な言動が増え、その介護ストレスによって増井さんは不整脈で入院。徘徊はいかいが始まると、母親は介護うつになってしまった。

救急搬送とテレビ損壊

前編から続く)

父親はますますおかしくなった。

都内メーカーで一般事務を務める関東在住の増井貴子さん(仮名・40代・独身)の父親(76歳)は、2017年5月のある早朝、徘徊に出た。やっと探しあてたのもつかの間、今度は「会社から呼び出された」と言い出したため、ひとり娘の増井さんは72歳の母親とともに必死に制止した。だが、父親はスキをみてこの日2回目の徘徊に出た。

電動機付き自転車で転倒し、頭から血を流して気を失っているところを通行人に発見され、搬送先の病院から連絡が入る。母親と増井さんが駆けつけると、父親はストレッチャーに横たわり、点滴を受けていた。

そのとき増井さんは、看護師から耳打ちされた。

「認知症をお持ちですか? 救急車の中で、自宅の電話番号は言えたのですが、ご自分の生年月日は言えなかったんです」

「まさか、自分の生年月日もわからなくなっていたとは!」。増井さんは愕然とする。その後、医師が来て増井さんと母親に言った。

「頭を打って出血はしていましたが、擦り傷程度です。心電図やCTに異常は見られませんでした。おそらく一時的な脱水症状や貧血で倒れたのでしょう。認知症の症状がみられるので、受診はしておいたほうが良いですよ」

それを聞いた増井さんが、「認知症の検査をしたくて予約も入れてあるのですが、本人が行こうとしてくれず困っているのです」と相談すると、医師は父親に、「今日、頭を打ったから、また今度詳しく頭の検査をしますからね。予約入れときましたから、ちゃんと行ってくださいね」と言い、父親は「はい!」と元気に返事をした。

その様子を眺めながら増井さんは思っていた。

「脳梗塞とか心臓発作とか、そういう大ごとだったらよかったのに。もういい加減、母と私を解放してほしい」

帰宅すると、翌朝も早朝から徘徊に出かけた父親。増井さんたちは困り果てていた。そんな5月下旬。再び父親は外出中に転倒し、通行人に救急車を呼ばれ、病院から連絡があった。平日の昼間で、増井さんは仕事中だったため、母親が対応。やはりCTなどの検査を受けたが、どこにも異常はなく、家へ帰された。

それから認知症検査までの数日の間に、父親はテレビを2回も壊した。テレビの付け方やチャンネルの変え方がわからず、勝手にリモコンや本体の裏側をいじり、壊してしまったのだ。1度目は近所の電気屋さんに直してもらったが、2度目はわざと放置した。