救急搬送とテレビ損壊
(前編から続く)
父親はますますおかしくなった。
都内メーカーで一般事務を務める関東在住の増井貴子さん(仮名・40代・独身)の父親(76歳)は、2017年5月のある早朝、徘徊に出た。やっと探しあてたのもつかの間、今度は「会社から呼び出された」と言い出したため、ひとり娘の増井さんは72歳の母親とともに必死に制止した。だが、父親はスキをみてこの日2回目の徘徊に出た。
電動機付き自転車で転倒し、頭から血を流して気を失っているところを通行人に発見され、搬送先の病院から連絡が入る。母親と増井さんが駆けつけると、父親はストレッチャーに横たわり、点滴を受けていた。
そのとき増井さんは、看護師から耳打ちされた。
「認知症をお持ちですか? 救急車の中で、自宅の電話番号は言えたのですが、ご自分の生年月日は言えなかったんです」
「まさか、自分の生年月日もわからなくなっていたとは!」。増井さんは愕然とする。その後、医師が来て増井さんと母親に言った。
「頭を打って出血はしていましたが、擦り傷程度です。心電図やCTに異常は見られませんでした。おそらく一時的な脱水症状や貧血で倒れたのでしょう。認知症の症状がみられるので、受診はしておいたほうが良いですよ」
それを聞いた増井さんが、「認知症の検査をしたくて予約も入れてあるのですが、本人が行こうとしてくれず困っているのです」と相談すると、医師は父親に、「今日、頭を打ったから、また今度詳しく頭の検査をしますからね。予約入れときましたから、ちゃんと行ってくださいね」と言い、父親は「はい!」と元気に返事をした。
その様子を眺めながら増井さんは思っていた。
「脳梗塞とか心臓発作とか、そういう大ごとだったらよかったのに。もういい加減、母と私を解放してほしい」
帰宅すると、翌朝も早朝から徘徊に出かけた父親。増井さんたちは困り果てていた。そんな5月下旬。再び父親は外出中に転倒し、通行人に救急車を呼ばれ、病院から連絡があった。平日の昼間で、増井さんは仕事中だったため、母親が対応。やはりCTなどの検査を受けたが、どこにも異常はなく、家へ帰された。
それから認知症検査までの数日の間に、父親はテレビを2回も壊した。テレビの付け方やチャンネルの変え方がわからず、勝手にリモコンや本体の裏側をいじり、壊してしまったのだ。1度目は近所の電気屋さんに直してもらったが、2度目はわざと放置した。