抗がん剤治療をやめた途端元気になる患者もいる
延命目的の治療の継続もできないぐらい体力が低下した患者さんに残された時間はあまりない。
私の17年にわたる在宅緩和ケアの経験から言えることは、通院が困難になるほど病状が悪化し、抗がん剤治療は終了と言われて在宅療養を開始した患者さんの約4分の1は2週間以内に、約半数は、1カ月以内に最期を迎えている。治療によって延命できたとしても、延命された時間のほとんどは、まさに抗がん剤治療に費やしたことになる。
だが、残りの半数の患者さんたちの中には、在宅療養開始後、だんだん元気になる人も稀ではなくいる。吐き気やだるさが改善し、食欲も出て、体力が回復してくる患者さんたちだ。
治療医から、治療はもはや限界です、と言われ、抗がん剤治療を中止したことで、結果的に、副作用が軽減したのである。このような患者さんたちの多くは抗がん剤の副作用による症状で、衰弱していたことが分かる。そして、日常を取り戻す。治療の中止を恐れ、そのまま抗がん剤治療を続けていれば、その後短期間で副作用死していた可能性もあるのである。
もちろん、進行したがんの存在は変わらずあり、副作用から解放されても、がんそのものの悪化によって、いずれは死に直面する。
だが、WHOの定義に基づいた適切な緩和ケア(※)がなされれば、人生の最終章を平穏に歩む人も、また稀ではない。
※緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOL(Quality of life 生活の質)を、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し、的確に評価を行い対応することで苦痛を予防し和らげることを通して、向上させるアプローチである。
無治療でもまず1年は大丈夫だろうと判断した
日常が壊れるほどのゼローダの激しい副作用を体験した私は、以上のようなステージ4の固形がんに対する抗がん剤治療の現実を再認識すると、さらなる抗がん剤治療を選択する気持ちには、どうしてもなれなかった。
熟考の末に、肺転移を告げられた翌日の夜、「抗がん剤治療の現実や、耐え難かったゼローダの不快な副作用の経験を踏まえると、さらなる抗がん剤治療は選択したくないこと。まだ日々の日常臨床がこなせるこの状態を崩したくないこと。可能な限り、今まで通りの日常を継続しながら、身辺整理をしたいこと」など、その想いを家人に伝えた。
一度言い出したら、それを曲げない私の生き方や、ゼローダ服用中の副作用との過酷な戦いを知っていた家人は、止むを得ないという面持ちで私の考えに同意してくれた。
治療法があったとしても、そのメリット・デメリットを承知した上であれば、治療を選択しないという選択も十分価値ある選択だと思う。
もとより治癒を望むことは難しい治療なのである。抗がん剤治療を選択したとしても、そして延命効果があったとしても、いずれ死は来るのだ。
だから、そのような治療を選択しないということは、生きることの放棄ではない。むしろ、それは自分らしく生きられる時間を大切にしたい、ということでもある。そして、昨日見た両側肺の多発転移の大きさから、無治療でもまず1年は大丈夫だろうと私は判断した。