自己欺瞞をどこまでも補強できてしまう

つまり、もともとソーシャル・ディスタンスに反対する立場の人びとが、ワクチンを疑い、反ワクチンに関する情報を追い求めた結果、それまでと真逆の主張をするようになったのだ。この事例は、科学的知識の有無や情報リテラシーの問題以前に、自己欺瞞をどこまでも補強できてしまう現代のネット環境にこそ、大きな問題があることを示唆している。

以上で見たように、「新しくて古い問題」であるアクラシアと、「古くて新しい問題」である自己欺瞞が相まって、私たちは自分の健康でさえなかなか維持できないでいる。行政も民間も、「ストレスと上手につきあう」ことや「人間関係を豊かにする」ことなど、個人的な対策として何をすべきかを示しているが、そのような対策も実践できる人は僅かだろう。

認知や心理を活用した行政的介入は増えている

堀内進之介『データ管理は私たちを幸福にするか? 自己追跡(セルフトラッキング)の倫理学』(光文社新書)
堀内進之介『データ管理は私たちを幸福にするか? 自己追跡(セルフトラッキング)の倫理学』(光文社新書)

さらに言えば、社会的・経済的に困窮すると、対策しようにも状況がそれを許さないこともある。例えば、厚生労働省は、健康の維持・増進、生活習慣病の予防などを目的とした「日本人の食事摂取基準」を策定しているが、調査によれば、この基準を満たす傾向にあるのは家計支出が多い人に限られている(※10)。家計が食生活にも影響するのは明らかである。

ここからは、健康に過ごす人も、健康に生きることが困難な人も、どちらも「環境要因」に影響を受けていることが読み取れる。環境要因であるからには、その影響を個人だけで対処するのは無理がある。行政も当然それに気づいており、先述したように、公的医療保険や社会保障費の増加を抑制するために、私たちの生活や、もっと具体的な行動レベルへの介入を強めようとしている。

近年、そのような行政的な介入は、私たちの認知や心理に関する科学的な知見を参照するようになっている。それゆえ、このような行政的介入を行う政治は、「神経政治学」、あるいは「ニューロリベラリズム(神経自由主義)」と呼ばれ始めている。

※1 相模ゴム工業株式会社.(2018). ニッポンのセックス2018年版. Retrieved from https://www.sagami-gomu.co.jp/project/nipponnosex2018/02_partner_sex.html
※2 森川友義.(2018, May 6). 7割が不倫者なのに許さないのはおかしい 本能を社会制度で縛るのはもう限界. Retrieved from https://president.jp/articles/-/24899?page=1
※3 Trivers, R. (1972). Parental investment and sexual selection. In Campbell, B. G.(1972). Sexual selection and the descent of man, 1871-1971. Heinemann Educational Publishers.
※4 Eastwick, P. W.(2009). Beyond the Pleistocene: Using phylogeny and constraint to inform the evolutionary psychology of human mating. Psychological Bulletin, 135(5), 794-821. doi:10.1037/a0016845
※5 厚生労働省.(2019). 令和元年(2019)人口動態統計の年間推計. Retrieved from https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei19/index.html
※6 Paul R. Amato:The Consequences of Divorce for Adults and Children, Journal of Marriage and Family, 62(4), pp.1269-1287, 2000
※7 Spaht, K.(1998). For the sake of the children: Recapturing the meaning of marriage. Notre Dame Law Review, 73(5), 1547?1579.
※8 Amato, P. R., & Booth, A.(2000). A generation at risk. Harvard University Press.
※9 Lamoureux, M.(2021, May 11). Anti-maskers ready to start masking―to protect themselves from the vaccinated. Retrieved from https://www.vice.com/en/article/88nnwg/anti-maskers-ready-to-start-maskingto-protect-themselves-from-the-vaccinated
※10 川上憲人『日本の「健康社会格差」の実態を知ろう』
(http://mental.m.u-tokyo.ac.jp/sdh/pdf/messagetopeople.pdf)

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