現代で自制心より厄介なのは「自己欺瞞」

現代社会にはそれに加えて、「古くて新しい問題」とも言うべき、「自己欺瞞ぎまん」の問題も横たわっている。先述の通り、ダイエットをすべきなのに、「上司に誘われたから仕方ない」と言い訳をするような、自ら自分の心を欺くことや自己の行為の正当化が、「自己欺瞞」という問題だ。ダイエットについては、アメリカの精神科医で心理学者、行動経済学者でもあるジョージ・エインズリーもこう言っている。

短期の利益はしばしば、ダイエットに対して納得できる例外を主張できるし、その主張を徐々に上げて、明らかなダイエット違反をまったくしなくてもダイエットを無意味なものにしてしまうこともできる。

ダイエットを成功させるには、間食断ちや運動など、成果の見えづらい実践を毎日コツコツと行う必要がある。それは誰もが「分かっている」ので、暴飲暴食(ルール違反)をあからさまにすることはしないのだ。

e-learningで勉強中にスナックバーで栄養補給する学生
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しかし、私たちはしばしば、「上司にこびを売っておくのが得策だ」というように、短期の利益に訴えることで例外を認めてしまう。そのときには欲望が理性を弱めているのだが、他方では、自分への言い訳のために理性が活用されてもいる。だからこそ、自己欺瞞はアクラシア以上に厄介な問題なのだ。

「反ワクチン派」が回りまわってマスク着用を主張

自己欺瞞が「古くて新しい問題」だというのは、現代の情報環境がこの問題を助長しているからである。インターネット上には、自己欺瞞を、つまり自分を正当化するための言説が大量に拡散されている。例えば、肥満についても健康に有害だという情報の他に、良い肥満、健康的な肥満というものがあり、それは不健康ではないという言説は容易に見つかる。

新型コロナウイルスに関しても、ワクチン接種の効果を示す情報が、政府をはじめとした医療機関などによって発信されている一方で、ワクチンの効果を疑問視する、いわゆる「反ワクチン」に関する情報も、ネット上では大量に見つけることができる。その中にはデマもあれば、根拠のない意見もあるが、私たちは往々にして自分に都合の良い情報・主張を「正しい」と感じてしまう。こうした環境は、自己欺瞞の格好の培地になる。

実際、アメリカでは、新型コロナウイルス感染症対策に抵抗する、いわゆる「反マスク派」や「反ワクチン派」の一部が、ワクチン接種者から未接種の人に、悪影響を与えるたんぱく質が排出されると信じ、一転してソーシャル・ディスタンスやマスクの着用を主張したという事例がある(※9)