日本やEUやカナダでは認可されていない。
rBST(商品名はポジラック)を開発・販売したアメリカのグローバル種子企業のM社は、農水省勤務当時の私を訪ねてきて、日本での認可の可能性について議論した。
とにかく何から何まで、いいことしか言わなかったことを思い出す。
私は、「そんないいことばかり言っていたら、誰も信用しませんよ」と、回答した。そして、かりに日本の酪農家に売っても消費者が拒否反応を示す可能性を話した。
結局、M社は日本での認可申請を見送った。
ところが、認可もされていない日本では、1994年以降、アメリカのrBSTが使用された乳製品が港を素通りして、消費者の元に運ばれている。
所管官庁(農水省と厚生労働省)は双方とも、「管轄ではない(所管は先方だ)」と言っていたのをいまでも鮮明に覚えている。
官庁・製薬会社・研究機関の「疑惑のトライアングル」
私は1980年代から、この成長ホルモンを調査しており、約40年前にアメリカでのインタビュー調査をおこなった。
だが、「絶対に大丈夫、大丈夫」と認可官庁、M社、試験をしたC大学は共に、同じテープを何度も聞くような同一の説明ぶりで、「とにかく何も問題はない」と大合唱していた。
私は、このような三者の関係を「疑惑のトライアングル」と呼んでいる(図表1)。
認可官庁とM社では、M社の幹部が認可官庁の幹部に「天上がり」、認可官庁の幹部がM社の幹部に「天下る」。
そして、M社から巨額の研究費をもらって試験して、「大丈夫だ」との結果をC大学の世界的権威の専門家が認可官庁に提出する。
だから、本当に大丈夫なのかどうかはわからない。
つまり、逆説的だが、「専門家が安全だと言っている」のは、「安全かどうかはわからない」という意味になる。
なぜなら、「安全でない」という実験・臨床試験結果を出したら、研究資金は打ち切られ、学者生命も危険にさらされる可能性すらあり得る。
だから、特に、安全性に懸念が示されている分野については、生き残っている専門家は、大丈夫でなくても「大丈夫だ」と言う人だけになってしまう危険性さえ否定できない。
アメリカでは、認可前の反対運動が大きかったことを受けて、rBSTの認可直後には、全米の大手スーパーマーケットが rBST 使用乳の販売ボイコットを相次いで宣言した。
しかし、rBSTが牛乳に入っているかどうかは識別が困難なこともあり、ボイコットは瞬く間に収束し、1995年には「rBST はもはや消費者問題ではない」と多くのアメリカの識者が、筆者のインタビューに答えた。
また、バーモント州が、rBSTの使用の表示を義務化しようとしたが、M社の提訴で阻止された。
かつ、rBST未使用(rBST-free)の任意表示についても、そういう表示をする場合は、必ず「使用乳と未使用乳には成分に差がない」との注記をすることを、M社の働きかけで、FDA(食品医薬品局)が義務付けた。
通例、次のように表示されている。
「rBST/rbST-free, but, no significant difference has been shown between milk from rBST/rbST-treated and untreated cows」