「出戻りNG」それでも会社を去ることにしたワケ

「いまの時代、すべてを会社に捧げるのがリスクだ」と言っても、副業や個人の事情に合わせた多様な契約が認められていない会社では、もはやしがみつくしか道はありません。

ぼくは本当にいまの思いを持ち続けたまま、いつかトヨタの会社のしくみを改善することはできるのだろうか。あまりの壁の巨大さにひどい無力感を覚えました。

「退職」

いつしか、ぼくの頭のなかにもそんな言葉が浮かんでいました。

冗談で口にすることはあっても、本気で選択肢に入ることはなかった言葉です。なんだかんだ言ってもトヨタが好きでしたし、なんとかして、社員が閉塞感を感じない組織に改善したいと思っていました。

そもそも、退職するにもかなりの勇気が必要です。当時、基本的に出戻りはNGで、一度辞めてしまえば、もう内部からその変革をサポートすることはできません。

正直、その理屈もよくわかっていませんでした。むしろ、「外の世界を見て新しい知見を持ち帰り、かつトヨタの内部事情もわかっている人こそが、社長の言う『100年に一度の大変革期』を支える人材になり得るんじゃないか」そんなことも考えましたが、もう、それを言うだけの気力も残っていませんでした。

それでもぼくは、閉塞感のない会社をつくりたい

起業を呼びかけてくれる仲間もいましたが、ピンと来ませんでした。

大企業が変革するにあたって、日本社会の構造そのものがネックになっている部分があるかもしれないと感じていたので、法律に影響を及ぼせる仕事も考えました。政治家? 国家公務員試験を受けなおして官僚になる? これもしっくりきませんでした。

ぼくがやりたいことは、会社の閉塞感をなくすことです。

イチから自分でそのための組織をつくることも考えましたが、すでに同じ理想を持った組織があるのであればそこに参加するのがいちばん早いと思い、転職活動を始めました。

そんななかで、ぼくはサイボウズというITの会社に出会いました。

多様な個性を重視することを企業理念の1つに掲げ、自社で開発するソフトウェアを駆使しながら「100人100通りの働き方」に挑戦している、とインターネットの記事や本に書いてありました。

本当にそんなことが可能なのでしょうか。

最初は正直、疑いの気持ちしかありませんでした。しかし、やらない後悔より、やる後悔です。思いきって応募してみると、ありがたいことにご縁がありました。

もしかするとこの会社なら、閉塞感を破るヒントを発見できるかもしれない。トヨタが創業した約90年前にはなかったテクノロジーを使って、1人ひとりの個性を重視できる会社のしくみをつくることができるかもしれない。そんな希望を胸に、ぼくは転職を決めました。

転職の決意を上司に報告すると、「心から応援しているよ」と言ってくれました。「ただし、かならずこれまでお世話になった人に挨拶すること。そして、あのとき辞めたのは正解だったと言える人生にしてほしい」とも。

いまでもよく連絡をとりますが、この人が最後の上司で本当によかったと思います。