平凡な人間がなぜ非人間的な行ないをしたか

③シンドラーのリストも「選別」であることの虚しさ、平凡な人間と「悪」との関わり

我々は、シンドラーの行いを人間の良心の発露と見てどこか救われた気持ちになる。

馬庭教二『ナチス映画史 ヒトラーと戦争はどう描かれてきたのか』(ワニブックス)
馬庭教二『ナチス映画史 ヒトラーと戦争はどう描かれてきたのか』(ワニブックス)

なるほど、シンドラーは私財をすべてつぎこんで1100人のユダヤ人を救った。しかし、その背後には、死んでいったケタ違いの数の犠牲者がいたのである。シンドラーがリストを作る際、そこで選ばれなかった命があることに思いをいたすときに感じる虚しさと怖ろしさ。

シンドラーの最後の慟哭どうこくが持つ意味、人の命が金でやりとりされることの意味。本作を観るときにこうした観点も忘れてはならないと思う。

また、アーモン・ゲートの心理の葛藤と最期を通してわかることは、彼が決して特別な人間ではないということである。特別な存在でない平凡な人間が、ナチスドイツという機能の中に組み込まれた結果、とても人間とは思えない行ないをするという恐ろしさは、著名な哲学者がアイヒマン裁判を傍聴した結果、「凡庸な悪」という視点で人間の真実に行き着いた映画『ハンナ・アーレント』のメッセージに通じるものだと言える。

ナチズム再発防止カリキュラムで必須課目に

『シンドラーのリスト』は、主人公のヒューマニズム、鑑賞後の救済感から、よくできた大衆向け歴史映画・娯楽映画に過ぎないと捉える向きもあるだろう。しかし、ナチスの残虐の実態を極限レベルで再現し、それまでになかった加害者側の葛藤を真摯しんしに描き、全体構造として人間存在の矛盾と実相に迫った点でヒトラー・ナチス映画の集大成と言える。

ドイツでは学校教育のナチズム再発防止カリキュラムにおいて本作鑑賞が必須課目となっているというが(※)、ドイツの学生に限らず、誰もが生涯に一度は観るべき作品だと思うのだ。

※「ドイツ人にとっての『シンドラーのリスト』」マライ・メントライン(KAWADEムック『スティーヴン・スピルバーグ』)

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