日本は長期投資が可能だが、ダイナミックさに欠ける

——教授の著書『日本経済のマーケットデザイン』(日本経済新聞出版社、上原裕美子訳)では、日本政府が1990年代以降、生産性を高めるために、多くのイノベーション戦略を導入したにもかかわらず、シリコンバレー流のエコシステム構築に失敗したことが指摘されています。

というのも、米国のような「自由市場型経済」が「先進的イノベーション」に向いている一方で、日本のような「調整型市場経済」は、工作機械などの資本財製造を支える「漸進的イノベーション」に適しているからだ、と。

それに加え、社会的序列や平等主義などの規範・通念により、リスクを取る代わりに「リスク共有」を奨励される点も関係していると、教授は指摘しています。「リスク共有」の事例を挙げてもらえますか。

例えば、自動車業界では、トヨタなどの自動車メーカーを頂点にし、各社のサプライヤーが垂直に広がっていますが、そうした縦の「ケイレツ」がリスク共有の好例です。また、三菱グループなど、業種を超えた横の系列である企業間ネットワークもそうです。

そうしたリスク共有モデルには強みもあれば、弱みもあります。

まず、強みは、自社系列の企業集団に守られているため、米国の大企業に比べ、株主からのプレッシャーが少ないことから、短期的な利益をそこまで案ずることなく、研究開発など、長期的な投資をしやすいことです。企業系列という後ろ盾があるため、苦境を乗り越えやすいという長所もあります。

一方、日本のリスク共有モデルには、効率性やダイナミックさに若干欠けるという弱みもあります。例えば、何もかもを投げ打って「スタートアップを立ち上げよう!」という若い起業家志望者が少ないことが、その1つです。

米国には、活発なベンチャーキャピタル(VC)市場や、活発で移動が盛んな労働市場があるため、起業家がパートナーや労働者を容易に見つけられます。その結果、飛躍的なイノベーションを起こしやすいのです。

よく晴れた日のサンフランシスコの金融街
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基盤のない日本でシリコンバレーを目指すのは無駄

そうした違いを考えると、日本がシリコンバレーをまねようとするのは「fool's errand(フールズ・エランド)」、要は無駄なことだと言えるかもしれません。少なくとも、成功しないでしょう。世界中の何百という都市、おそらく1000を超える都市がシリコンバレーモデルを目指してきましたが、イスラエルや台湾など、成功例はごくわずかです。

日本には米国のような、さまざまな基盤がないわけですから、自国の強みを武器にした戦略を取るべきであって、米国の強みをそっくりそのまま模倣しようとすべきではありません。

何年か前、日本の経済産業省の官僚と面談した際、「30年にわたってシリコンバレーを目指してきたが、うまくいかなかった。だから、もうあきらめた」と言っていました。そして、経済活性化の「『新たな戦略』を立てている」と。

つまり、日本政府も政策を転換したのです。そのほうが、日本の戦略として、はるかに筋が通っているように思えます。