日本だけのガラパゴスな音楽

もう少し詳しく言うと、70年代から80年代にかけて生まれ発展していった日本のポップスで、大人っぽいロックやソウルミュージックなどの洋楽に影響受けて洗練された音楽の総称である。

例えば、山下達郎、松任谷由実、南佳孝、吉田美奈子、角松敏生、稲垣潤一などが代表的なアーティストとして挙げられる。日本ではフォークや歌謡曲が主流だったが、そことは差別化する意味でもシティポップという言葉は使われることも多い。

ただ、シティポップという言葉自体、当時からある呼称ではなく、後から生まれてきた言葉だ。よって、90年代以降のスタイリッシュな音楽も、そう呼ばれることは多い。洋楽と比べても遜色のない質の音楽だったとはいえ、ごく一部を除くと日本だけのガラパゴスな音楽でしかなかった。

2014年6月5日、iPhone 5SにはYouTubeが表示されている
写真=iStock.com/pressureUA
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実は全米1位の楽曲にもシティポップは使われていた

ではなぜ、ザ・ウィークエンドほどのビッグネームが、日本のマニアックな一曲をサンプリングしたのだろうか。

もともと彼の音楽には、80年代リバイバルのようなテイストが多い。

ブラック・ミュージックという狭い範疇はんちゅうにとどまらないほど、ポップスやロックのイディオムを取り入れたが曲が多く、例えば2020年に発表した前作のアルバム『After Hours』からシングル・カットされて大ヒットした「Blinding Lights」のビートは、a-haの1985年の大ヒット曲「Take On Me」からの影響を指摘されていた。

こういった彼の指向性の一端に、たまたま日本の80'sナンバーがフィットしたといってもいいだろう。

実はこのような日本の楽曲をサンプリングすることは、今に始まったことではない。2014年には、ラッパー兼シンガーとして絶大な人気を誇るJ・コールのアルバム『2014 Forest Hills Drive』に収められた「January 28th」では、ハイ・ファイ・セットの「スカイレストラン」(1975年)がサンプリングされていた。

しかもこのアルバムは、米国Billboard Chartで堂々の1位を獲得している。6年前にはすでに、ザ・ウィークエンド以上の実績を日本のシティポップが成し遂げていたとも言い換えられるだろう。

他にも山下達郎の「FRAGILE」を引用したグラミー受賞ラッパーのタイラー・ザ・クリエイター、杏里の「Last Summer Whisper」のイントロ部分をループさせた楽曲を歌うジュヌヴィエーヴなど、メジャーだけでなくインディ系も含めるとすでに相当数あり、今後も続々と作られていくのは間違いないだろう。

YouTubeの台頭で海外のマニアが「発見」できるように

われわれ日本人にとって、こういった元ネタ楽曲を見つけることはさほど困難ではないかもしれないが、海外では相当のマニアでないとこれまでは知る由もなかった。

しかし、YouTubeや音楽サブスクリプションサービスの台頭により、どんな国のどんなマニアックな音楽にも気軽にアクセスできるようになった。そのため、日本の知られざる音楽が、海外の音楽ファンにどんどん“発見”されていったことは想像がつく。

中でもその大きなターゲットとなったのが、シティポップと呼ばれる1970年代から80年代の洋楽に影響を受けた洗練度の高いポップスだったのだ。

おそらくずいぶん前からマニアはいたはずだが、インターネットカルチャーの隆盛によってようやく発見されたといってもいいだろう。

発端ははっきりとはわからないが、2010年代初頭には海外のDJのイリーガルなミックスに日本の楽曲が入ることは度々あったし、ヴェイパーウェイヴと呼ばれるアンダーグラウンドのダンスミュージックカルチャーにおいても、シティポップやアイドルポップがサンプリングされることが増えた。

いずれも正式にリリースされるというよりは、YouTubeをはじめ権利が曖昧なままひっそりと公開され、それがじわじわと広まっていくのである。

左から、竹内まりや『プラスティック・ラブ』、松原みき『真夜中のドア STAY WITH ME』のシングルのジャケット
筆者撮影
左から、竹内まりや『プラスティック・ラブ』、松原みき『真夜中のドア STAY WITH ME』のシングルのジャケット