「組織罰導入」で法人事業者を刑事処罰の対象に
このような現状を抜本的に改めていくためには、事業の状況に応じて、乗客の生命に危険を生じさせる事故のリスクの認識、危機感を高め、安全対策を徹底していかざるを得ないような制度を構築していくしかない。
そこで、この機会に真剣に検討すべきなのが、重大事故を起こした事業者に対して刑事処罰が行えるようにするため法律の制定である。
既に述べたように、多くの重大事故では、直接の当事者の運転手・船長などが死亡していることが、安全管理を行う立場の会社幹部の業務上過失致死傷罪の刑事責任追及の支障となる。会社側が安全対策を軽視し、安全管理がずさんであり、それが重大事故の発生につながったとしても、刑法上は行為者個人しか処罰できず、法人が処罰できないため、事故の刑事責任は全く問えないという結果になる場合が少なくない。
そこで、運転手や船長などの直接の当事者について業務上過失致死罪が成立していることを前提に、「両罰規定」によって事業者の刑事責任が問えるようにしようというのが、「組織罰の導入」だ。
「事故防止措置は十分か」を事業者に立証させる
事業活動に伴って発生する重大事故についての業務上過失致死傷罪を刑法から切り出して、両罰規定を導入する特別法を制定し、法人の役職員を行為者として業務上過失致死傷罪が成立する場合に、法人事業者に罰金刑を科すことができるようにする。そして、行為者の過失行為に関して十分な安全対策を行っていたことを事業者側が立証した場合には免責することにするのである。
このような法律が制定されていれば、過去の重大事故においても、法人事業者に罰金刑を科すことが可能だったと考えられる。
福知山線脱線事故(※)では、事故当時の社長を検察が起訴し、歴代3社長が、検察審査会の起訴議決によって起訴されたが、いずれも無罪判決が確定しており、現行制度の下では、刑事責任追及は行えなかった。
※2005年4月25日、兵庫県尼崎市で、JR福知山線の快速電車が、カーブを曲がり切れずに脱線し、線路沿いのマンションに衝突した事故。107人が死亡、562人がけがをした。
しかし、事故の状況と事故原因は事故調査報告書によって明らかになっている。業務上過失致死傷罪に両罰規定が導入されていれば、運転手が死亡していても、「車掌との電話に気を取られ、急カーブの手前で減速義務を怠った」という過失で、運転手についての業務上過失致死傷罪の成立が立証できる可能性がある。
そして、「そのような運転手の過失による事故を防止するために、JR西日本が十分な安全対策をとっていたか否か」が刑事裁判の争点となり、JR西日本が、「事故防止のための措置が十分だった」と立証できないと、法人としての同社に対して罰金の有罪判決が言い渡されることになる。
「業務上過失致死罪」の立証はきわめて難しい
軽井沢バス転落事故では、検察が事故から5年経過してようやく起訴したものの、上記のとおり、有罪判決が出されるかどうか予断を許さない。
業務上過失致死傷罪の両罰規定、つまり「組織罰」が導入されていれば、「エンジンブレーキをかけることなく加速して、制限速度を大幅に超過した状態で、漫然と下り坂カーブに突入した」との過失で、死亡した運転手に業務上過失致死傷罪が成立するとして、運行会社に両罰規定を適用して起訴することができる。
その場合、会社側の安全対策が十分であったことを立証しなければ罪を免れることができない。運転技術が未熟な運転手に対して教育を行うなどの安全対策を十分に講じていなかったことで、会社が有罪となる可能性が高い。
今回の観光船事故についても同様のことが言える。「組織罰」が導入されてさえいれば、今後、沈没の原因が特定されて、直接の当事者である船長の業務上過失致死罪が明らかになった場合に、安全管理がずさんだった「知床遊覧船」を処罰できる可能性が高いのである。
残念ながら、現在の法制度のままでは、仮に、悪質な業者が同様の事故を起こし、代表者の対応が誠意を欠くものであっても、事業者も代表者も処罰することができない可能性が高い。しかし、「組織罰」を導入すれば、重大事故の処罰が「個人」から「組織」中心になり、重大事故が発生した場合、安全対策を怠った事業者が、厳しく罰せられることになるのである。
こうした法制度の現状をめぐっては、福知山脱線事故などの重大事故の遺族の方々が「組織罰を実現する会」を結成し、「重大事故の業務上過失致死罪に両罰規定を導入する特別法の制定」をめざして活動を続けている。「両罰規定による組織罰」の提唱者である私自身も、発足以来、会の顧問として活動に加わってきた。「組織罰」、つまり「業務上過失致死傷罪への両罰規定」の導入を、今こそ、真剣に検討すべきである。