軽井沢バス事故でも刑事事件の立証は容易ではない
運転手は、「ギアをニュートラルにしてエンジンブレーキもかけないで漫然と運転した」とされているが、死亡しているため、「エンジンブレーキをかけないで下りの山道を走行する」という危険な行為がなぜ行われたのかは不明なままだ。
「大型バスの運転は苦手」と言っていたとしても、大型バスの運転免許は持っていたのであり、実技訓練が1回だけでも、その際に、エンジンブレーキを通常どおり使っていたはずだ。そうなると、「運転手がそのような運転を行うことは予見できなかった」という社長や運行管理者側の主張を否定し、犯罪を立証することは容易ではない。
今回の観光船事故とは異なり、軽井沢バス事故の方は、事故に至るまでの客観的な経過はある程度明らかになっている。しかし、事故の直接の当事者である「船長」や「運転手」が死亡していて、供述が得られず、過失行為の原因を追及できないという点では共通している。どちらも現行法では、安全管理を行う会社側の刑事責任を問うことは容易ではないのである。
なぜずさんな業者が野放しにされてしまうのか
今回の観光船事故について報道で明らかにされている事実からすると、「知床遊覧船」という事業者の安全対策はずさん極まりないもので、重大な事故の発生が必然だったと思えるほどだ。
ずさんな事業者が野放しになっていたことについて、海上運送法に基づく許認可権を持つ国交省の責任は重いだろう。すでに、観光船の通信設備では電波が届かないエリアがあったにもかかわらず船舶検査を通過させていたこと、昨年、所属の観光船が2回も事故を起こしていたのに、厳正な処分を行っていなかったことなどが、報道で明らかになっている。
こうした事故はほかの業界でも繰り返されてきた。過去に重大事故が繰り返された末に、軽井沢バス事故で多数の犠牲者を出した貸切バス業界が、その典型だ。
貸切バス事業は、2000年に施行された道路運送法改正により、需給調整規制が廃止され、免許制から許可制(輸送の安全、事業の適切性などを確保する観点から定めた一定の基準に適合していれば事業への参入を認める)に移行した。このため、新規参入が容易となり、貸切バス事業者が激増し、競争が激化した。
国交省は貸切バス業界の過酷な労働環境を無視していた
2007年2月、あずみ野観光バスが運行していたスキーバスが大阪府吹田市の高架支柱に激突して1人が死亡、26人が負傷する事故が発生したことで、ツアーバスの実態や、貸切バス事業者の過酷な労働環境が浮き彫りになった。
これを受け、総務省行政評価局が調査を行い、2010年9月に国交省への勧告が行われた。当時、私は、総務省顧問を務めており、この行政評価局の調査についても助言を行うなどして関わった。調査で明らかになった貸切バス業界の安全軽視の実態、それを見過ごしてきた国交省の対応は、本当にひどいものであった。
貸切バス事業については、多数の法令違反があり、安全運行への悪影響が懸念されるのに、行政処分の実効性の確保が不十分だった。法令違反に対する使用停止処分の際に、対象とする車両や時期を事業者任せにしている例もあった。このような貸切バス事業の背景には、届出運賃を下回る契約運賃や運転者の労働時間などを無視した旅行計画が、旅行業者から一方的に提示されるということもあった。