トイレにすら行く暇がない…利用停止日の悪夢

利用停止日は始業と同時に電話が鳴りはじめる。コールの音(※3)がフロア全体に波のように広がり、3分後には100人近くいるオペレーター全員が応対中になる。こういうときはトイレにも行けない。ぎりぎりまで我慢し、急いで行って急いで戻る。それでも「待ち呼(※4)」が出る。

※3:利用停止日の最初のコールに真っ先に電話を取るのはいつも村井さんだった。静かな中に「ドコモ中央料金お問い合わせセンター・村井でございます」という声が響くのですぐにわかった。利用停止が始まる繁忙期初日の最初の電話はたいへんなお客に決まっている。仕事にも慣れて電話の鳴る順番を後ろにする方法を知っているはずなのに、村井さんはそれをしない。その愚直さをなぜ私生活に活かせないのかと思っていた。
※4:電話のつながるのを音声テープを聞きながら待っている人の発生すること。

「待ち呼」が出ると頭上のモニターの数字が赤く点灯する。数字が3であれば3人のお客が待っていて、20であれば20人のお客が待っている。お客を待たせてはいけない、とオペレーターは応対後の処理を後回しにして電話を取るが、課長たちは腕組みをしてモニターを見上げ、

「今、待ち呼が15人を超えました!」

などと意味のないはっぱをかけている。

そんなことをしているなら電話に出てくれと言いたくなるが、課長の中でオペレーターと同じように応対できる人はわずかだ。

管理職はセンター長1名、部長1名、次長1名、課長5名で構成され、出退勤の管理や朝礼の司会などコールセンターの運営は課長が行なっている。全員60歳以上で所属はドコモサービスだ。NTTを定年退職した人が役職を下げて再雇用されているのだという。どうりで年寄りが多いわけだ。

「上を出せ」クレーマーに対処できない残念な管理職

課長には、オペレーターでは対処できないヤクザまがいのお客を引き受けてくれる人もいるが、日がな一日請求書を折っては封筒に入れている人や、朝礼で好みの女性に体をくっつけるようにして立つ人など、いったい何をしに来ているのかという人もいる。

お客はオペレーターの案内に納得できないと「上の者に代われ」と言う。その際はSVが応対することになるが、それでもらちが明かないと「責任者と話をさせろ」と言われることもある。

責任者=課長は渡されたヘッドセットを頭につけて、保留を通話に変え、お客と話を始める。立場上は管理職(※5)ではあるが、画面の見方も操作方法も知らないのでお客と会話ができない。ただただ怒られている。

※5:オペレーターとして働いたことがないので、指導はおろか画面の見方すらわからない管理職。本人もつらいだろうが、その下で働くオペレーターもつらい。適材適所の重要性を強く感じた。

涙ぐみながら耐えている課長や、オペレーターが代わってくれと頼んでいるのに聞こえないふりをして、書類から顔を上げない課長もいる。

ヘッドセットのマイクを口元ではなく頭のほうに上げたまま、

「もしもしー、もしもしー、こちらの声が聞こえないのでしょうかー、お客さまの声ははっきりと聞こえているのですがー」

と、コントにしか思えないようなことをしている課長もいる。

「間違ったこと言ったよね」金をせびる巧妙な手口

仕組みの変更直後を狙って電話してくるクレーマーもいる。ホームページのお知らせ欄を常日頃からチェックしているのだろう。新しいサービスができたときなどは勉強会があるが、請求書の記載方法が変わった程度なら課長が朝礼で話して終わりだ。そういうときはオペレーターが個々に画面を開き、ここがこう変わったのかと自分で確認する。そのため変更直後はその内容を完全に把握していないことが多い。

朝一番の電話だった。

「有料サイトの名前って、請求書の内訳(※6)には記載されないですよね?」

同じことを二度三度と確認するので心配性の人なのだと思い、

「大丈夫です。記載されません。ご安心ください」

と答えて切った。

※6:請求書の裏側の基本使用料やパケット使用料などが記された「請求内訳」と、通話した日時や通話先などがわかる「料金明細内訳」を混同しているお客が多い。「請求の内訳がほしい」と言うので詳しく聞いてみると「料金明細内訳」のことを言っていることがよくあった。

その人から1カ月後にまた電話があった。

名前をメモしていたのだろう。電話を取ったオペレーターに私の名を伝え、代わってくれと言ったらしい。仕組みの変更が請求書上で確認できるタイミングだ。

転送されてきた電話を取ると、その人は言った。

「請求書が届いたんだけど、あなたの言ったことと違うよね。内訳にサイト名が載ってるよね。僕が確認したときにあなた、安心してくださいって言ったよね。ドコモは客に間違えたこと教えといて安心してくださいとか言うの? どうなの?」

物言いからクレーマーだとわかった。言いがかりをつけて金品をせしめようとする輩(※7)だ。

※7:「私の不在中にドコモの人が訪ねてきて母がお金を払ったんですが、ドコモは集金もやってるんですか?」という電話を受けた。詐欺だとわかり、すぐに警察に相談するよう案内したことがある。コールセンター側がクレーマーに金品を払って解決したことは、私の知る限り一度もなかった。