観光、ビジネス両面で施設が続々とオープン

これらの取り組みもあり、「六甲山サイレンスリゾート」「ホテル神戸六甲迎賓館」といったリゾート施設の他、ウイスキーの蒸留所「六甲山蒸溜所」、アスレチック施設「六甲山アスレチックパークGREENIA」などができた。

六甲山サイレンスリゾート外観
写真提供=神戸市
六甲山サイレンスリゾート

ビジネスの拠点としても、レンタルオフィス・コワーキングスペース「ROKKONOMAD(ロコノマド)」がオープンしたほか、複数の企業がコワーキングスペースを開設したり、本社機能を一部移転することが決まっている。

ROKKONOMAD(ロコノマド)内観
写真提供=神戸市
ROKKONOMAD(ロコノマド)

多くは遊休施設を改築したオフィス利用だ。基本的にはデザインや映像関係、メディアなどクリエイティブな業種に絞っている。環境負荷の少ない事業であることに加えて、自然の中で感性を磨いてほしいという思いが重なったのだという。構想の発表は新型コロナの感染拡大に重なるが、構想自体はコロナ以前にさかのぼる。期せずしてウィズコロナ、ポストコロナの社会に適したプロジェクトとなっている

REGULATION GUIDE 六甲山のススメ(2022.4)

人の手を加え続けることが自然を守ることにつながる

住民の自然に対する考え方には、六甲山の歴史的な経緯も関係している。六甲山は江戸時代から明治時代にかけて樹木の伐採が進み荒廃していた。はげ山と化していたため、ひとたび大雨が降ると、洪水や甚大な土砂災害を引き起こしていた。

災害対策や水道事業のために六甲山を再興させる植林事業は、初期の神戸市政の大きな使命だった。豊かな植生をもたらすために、市は明治神宮の造園にも携わった林学者、本多静六博士を招き教えを請うた。植林というと、スギやヒノキといった針葉樹がイメージされるが、六甲山は、本多静六の指導により、常緑樹や落葉樹、針葉樹、広葉樹を取り混ぜられた多彩な植生になっている。

今の緑滴る六甲山になるまでに長い年月がかかった。人の手によって作られたことが、知床や白神山地の原生林とは異なる。人が作った自然は手を加え続けないと植生が理想的な形では維持されない。今でも継続的に間伐などを行い、山を維持している。

本多静六といえば、学者としての顔だけでなく、株式投資によって巨万の富を築いたことでも知られる。神戸市も明治時代以降の植林で六甲山を再生させ、治水や防災面はもちろん、レジャーや観光の分野でも地域に豊かさをもたらした。賑わいを取り戻し、ビジネスを活性化させる六甲山の再生への取り組みは、今後数十年、100年先に大きな成果となって返ってくるに違いない。

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