こうしたなりふり構わない脱炭素方針は、エネルギーセクターでも見られた。標的となったのが石炭火力発電所だ。化石燃料の中でも石炭はCO2の排出が多く、気候変動対策上も低減させる必要性が叫ばれた。2017年11月にはイギリスなどの有志国により脱石炭連盟が発足し、その傾向は加速していった。

ここでも日本は大きなあおりを受ける。日本は、相対的にCO2排出の少ない高効率石炭火力を得意としているが、石炭火力は一律に問題視されるようになった。2021年末の気候変動に関する国際会議(COP26)で、締約国は石炭火力を段階的に削減することで合意した。もちろん、その強烈な旗振り役を担ったのは欧州だ。

軍事面だけではない…エネルギー分野にもあった戦争の引き金

すべて欧州の思い描いた通りに脱炭素シフトが進むように見えた。しかし、この急激な脱炭素シフトによって、欧州とロシアのバランスを崩すことになる。

先述の通り、ロシアは天然ガスや石油といった化石燃料セクターで経済がもっている。欧州はロシア産の化石燃料を購入するかたちで、ロシア経済を支えてきた。

地上ガスパイプラインの建設現場
写真=iStock.com/Leonid Eremeychuk
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しかし再エネが普及すれば、当然ロシアからの化石燃料輸入は減る。それだけでなく、CO2無排出を掲げる欧州が、脱炭素を世界に各国に求めるほど、化石燃料に依存するロシアを圧迫することになる。

ただでさえ、年金制度改革で国内経済の不安をかかえるプーチン政権にとって、これは長年培ってきた欧州との間のバランスを崩す一手であったことは間違いがない。

2021年にロシアが欧州向けの天然ガスの供給を絞ったことは、これとは無縁ではないだろう。ロシアが、天然ガス供給を政治的に利用したことで、欧州は急遽エネルギー不足に見舞われた。

電力価格が高騰し、多くの新電力が各国で倒産したほか、産業界にも影響が波及した。これは欧州にとどまらず、世界的な天然ガス価格の高騰を招き、それと連動する形で原油、石炭の価格も大きく上昇した。また石炭価格の高騰は、中国国内の電力不足の原因となるなど、世界のサプライチェーンにも影響を及ぼすまでになった。

ロシアはこうした一連のドミノ倒しを見て、自国のもつ影響力を再認識したに違いない。

ロシア産の天然ガスに依存するようになった根本原因

なぜロシアが供給を絞っただけで、欧州はエネルギー危機となったのだろうか。その原因もまた、欧州自身が進めた急激な脱炭素戦略と言っていい。野心が招いた結果とも言える。

EUの脱炭素戦略の内実は、脱石炭というエネルギー政策だ。世界にCO2無排出正義を掲げるに際し、欧州は先手を打ってここ数年、脱石炭を一気に加速させた。イギリスは2024年に石炭火力全廃を発表、ドイツも2030年までの段階的廃止を決定した。