激変する社会に必要な、関係なさそうな要素を結ぶ「と」の力

【田中】『論語と算盤』もそうですが、渋沢さんはかねてから「と」の力についてのお話をされています。「成長と分配」も「と」でつながっています。成長と分配の両方が重要ということでしょうか?

【渋沢】「成長か分配」ではなく「成長と分配」でないと好循環は起こりません。「か」の力と、「と」の力と表現していますが、「か」の力は0か1か、白か黒か、勝ちか負けか、なので効率は高まります。生産性を高めることは企業運営には不可欠です。けれども「か」の力とは、存在している状態を見比べて進めているだけなので、新しいクリエーションを創造していないと思うのです。

一方、「と」の力は、『論語と算盤』のように関係なさそうなものを合わせる力です。そうすると思考が止まる方も少なくはないですが、「と」の力は一見関係なさそうなもの、あるいは、できていない飛躍と現実をつなげる力です。これによって新しいクリエーションが生じるのだと思います。『論語と算盤』に書いてある内容を一言で表すと、「と」の力だと思います。

渋沢栄一が生まれた1840年は江戸時代でした。当時は第2次産業革命の新しい技術によって世の中が激変していた時代です。その中で明治維新というグレートリセットが起きて、明治・大正・昭和というニューノーマルな時代のなかで、渋沢栄一はたくさんの功績を残してきました。現在も世の中は激変しています。

資本主義も民主主義も、インターネットなどの新しい技術によって激変しています。そのときにどういう心がまえで変化に立ち向かうべきかのヒントが、渋沢栄一の人生や考えにあり、そして『論語と算盤』における「と」の力なのではないかと思います。常に新しいクリエーションがないと時代の変化に取り残されてしまうのではないかと。

渋沢健氏

経済活動に倫理や公益性が求められる理由

【田中】『論語と算盤』とはすごい比喩、メタファーですよね。今の日本には、中国古典だけではなく、広く道徳や教養が不足している気がしますし、同時に算盤、つまり経済、経営ももっと高めていかなければいけない。本当にさまざまな要素が込められている素晴らしいメタファーだと思います。

【渋沢】素晴らしいですよね。私は若い頃、渋沢栄一にそれほど関心がありませんでした。その理由の1つは、「資本主義は正しいことをしなければ駄目」と、お説教を受けている感じがしたからです。ですが、時代の文脈や変化を考えると、なぜ正しいことや倫理を経済活動と一致させなければいけないのかについて、明らかな答えを出しています。

それは「幸福の継続」「富の永続」というキーワードです。つまりサステナビリティ。そう考えると確かにそうだなと思うのです。人をだませば目先は儲かるけれども、長続きはしない。長続きをさせるにはwin-winの関係がなければいけません。それは信頼関係を作るということともつながると思います。

【田中】日本資本主義の父と言われる渋沢栄一ですが、実際は資本主義ではなく合本主義を主張していました。その中核である公益を追求するということについて、今こそ私たちは見直す必要がありますよね。

【渋沢】なぜ合本できるかというと、例えば強制的に合わせた場合はその力がなくなるとまたバラバラになってしまいます。しかし、強制の力がなくても共通の目標、行きたいところがあれば一緒になれる。同時にそこには信頼が必要です。商人は今も昔も、信用・信頼されたいという思いがあります。「信」があれば散らばった存在が集まってきますし、そこで新しい価値を作りだすことができる。そんな想いがあったのでしょう。