【渋沢】いろいろな立場の方がいて、能力も才能も違う、努力した量も違うのに、なぜ結果が同じなのか。渋沢栄一は約500社の会社を作っただけではなく、約600の教育機関や医療機関、社会福祉施設の支援も行ってきました。社会のどんな身分、立場であっても、弱者であっても、自分の能力と才能をフルに活かして参画できる社会は機会が平等です。

栄一は、結果は平等ではないかもしれませんが、機会は平等なインクルーシブな社会を作ろうとしていました。栄一は新しい時代を作るための資本主義に対し、そういった考えを持っていたと思います。

【田中】平等もすごく重要な価値観ですよね。次に伺いたいのは資本主義ではなく合本主義についてです。渋沢健さんも合本主義について、サステナビリティやSDGsなどの観点を指摘されていらっしゃいます。渋沢栄一が資本主義ではなく、合本主義を主張していた点こそ非常に重要ですし、今こそまさに合本主義のエッセンスを学び直すべきだと思いますが、この「合本主義」について渋沢さんはどう捉えていますか?

【渋沢】渋沢栄一は日本資本主義の父と言われていますが、本人は資本主義という言葉は使わずに「合本主義」と言っています。合本とは価値を作る要素である「もと」を合わせることで、価値が生じていくという考えです。栄一が今から150年ほど前、1873年に立ち上げた第一国立銀行は、一滴一滴のしずくが合わさり大河になれば、それはかなりの大きな力であるというイメージです。

渋沢栄一が提唱した「合本主義」と公益性

今の時代は、ステークホルダー資本主義が大事とされています。株主だけではなく、株主も含む顧客、従業員、取引先、社会、環境などさまざまなステークホルダーが存在します。ステークホルダーとは企業価値を作る「もと」です。それぞれの「もと」がそれぞれの役割を果たすことで企業価値が生じていることを考えると、今の時代の新しい流れになっているステークホルダー資本主義とは、150年ほど前に資本主義の原点とも言われる合本主義と同じことを言っているのではないかと思います。

【田中】そうですよね。あらためて合本主義の定義を紹介しますと、「公益を追求するという使命や目的を達成するのに最も適した人材と資本を集め、事業を推進させるという考え方」とあります。公益を追求することが重要であり、キーとなるものに「人材」と「資本」を挙げています。

【渋沢】公益を今の言葉で表現すると「パーパス」に近いと思います。なぜ新しい資本主義が必要なのかを考えると、今までの資本主義には課題があったからです。今までの資本主義は悪いことではありませんが、金銭的資本を向上させることにしか注目していないと社会や環境にさまざまな課題が生じます。

新しい資本主義が目指すべきところは、金銭的資本の向上と同時に一人ひとりの「思い」や「行い」などの人的資本を向上させることです。岸田首相も「人への投資」「人的資本」という言葉を使用しているので、基本的に同じようなお考えだと思います。