「国が好きなことと自分の健康とは別問題」

「うーん。私はたぶん、買いませんし、そこが産地の食材を出しているレストランでは食事しません。日本の文化や日本人は好きだけど、それと健康は別問題だと思います」

とあるアパレルメーカーに勤める30代の台湾人女性はこう口にした。

「国際基準の検査をクリアしていると言っても、やっぱりどこか理屈ではない不安は残ります。それが人間ってものですよね。残念ですが、私は今回の政府の方針には反対です」

彼女の口ぶりは終始日本食に対して消極的で、そこからは日本の行政への不信感が透けて見えた。

彼女は台湾在住ながらも、安倍政権時代の森友学園問題や公文書改竄などの諸問題は台湾にも届いており、日本の国家としての信頼は下がったという。いくら検査をしていて安全と言い募っても、その検査自体が信頼できないと言われれば、返す言葉はない。

福島県近郊の農作物の輸入解禁は、国際基準で安全範囲をクリアしたものについては、欧米などは早くから解禁に動いていたが、台湾を含む東アジアでは、根強く輸入禁止措置が取られており、今回の台湾の動きはその状況に風穴を開ける第一歩と言えるだろう。ただし、放射能の検査報告書や、産地証明書の添付、野生の動物やきのこなどは引き続き輸入を認めないなど、完全な撤廃ではないことには留意したい。

台湾と日本のパートナーシップ
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輸入解禁の裏に潜む台湾のTPP加入の思惑

2011年の東京電力福島第一原発事故後から実施されていたこの措置が解除された裏には、21年9月に加盟申請した環太平洋パートナーシップ(TPP)協定加盟に弾みをつけたいという台湾側の思惑もあるようだ。

TPP加盟を巡って争っている中国は台湾のこの措置に、「中国は原発事故後から放射能に汚染された日本の食品の輸入規制を強化してきた。一方、民進党(民主進歩党)が行ったことは、台湾同胞の生命と健康に関わる問題で、多くの同胞たちの目はごまかすことはできないだろう」とただちに批判する声明を出した。

台湾内でも親中の野党・国民党の議員たちは、国民の健康や命を犠牲にするのかと批判の大合唱を始めており、政争の火種にしようと躍起だ。

では、台湾はなぜ中国がTPPの参加申請をした直後に、時同じくしてTPP参加申請をしたのか。これについては、まず、中国を牽制する意味合いがあり(中国の思い通りには動かないぞという意思表示)、また、経済的に、脱中国モデルの模索がある。

現在の台湾と中国の関係は冷え切っており、台湾は経済的に中国に依存しないでやっていくモデルを見つける必要性にかられている。TPPに参加することで、本格的に脱中国に舵を切るつもりなのだ。

TPPに参加するためには、食品の輸入規制は科学的な根拠が必要とされており、台湾はこれまでの「非科学的」な制限を撤廃し、TPP加入への意欲を見せている。

翻って、中国。TPPの参加国には、中国との関係が冷え切っている国も多い。にもかかわらず、中国が表明したのには、中国はTPP不参加のアメリカに対して、新しい軸を提示して牽制し、TPP参加国の動きを試す意図があるからだ。