症状は「精神的なもの」という見立てが固まっていった
1月30日から5回嘔吐、本人から吐物に血液が混入していたとの訴えもあった。2月4日に医師の診察が再び行われ、この受診を踏まえて翌5日に外部医療機関で胃カメラを施行する方向となった。ここで留意すべきは診療録の最後に書かれた「器質疾患無ければ、精神科考慮」との一文だ。医師が「精神科」という言葉を書いたのは、これが最初だ。ここはポイントとして押さえておきたい。
結局胃カメラでは潰瘍や出血などの所見はなく「逆流性食道炎の疑い」とされ、庁内で処方されていた薬の継続が指示された。担当した消化器内科医師は採血を行わなかった。普通、頻回の嘔吐と吐物に血液が混入していると聞けば採血くらいはしようと思うものだが、この医師はなぜ行わなかったのだろうか。
この頃にはウィシュマさんは自力で歩行することも困難となっていた。しかし2月10日の記録では「嘔気の原因について,中枢性を疑う脳圧上昇や前庭症状もない。医師の予想通りの精神性が強い印象」との記載が見られる。ウィシュマさんの訴えや容態は「精神的なもの」との“コンセンサス”が、この頃から入管職員、看護師、医師のあいだで固められていく。
「全身痺れる。食べれません,吐きます」
2月16日の記録では「顔がしびれる,手足も痺れる。感覚がない。おしっこも出ているか,分からない。背中も胸もおかしい,痺れる。全身痺れる。食べれません,吐きます。眠れません」との訴えが記載されている。
対する査定評価は「整形外科的というよりは,自律神経的要素が目立つが,器質的ではないと消去し,精神科へつないでいくという内科医師の指示に応じていく」であり、「精神科的なもの」との医師の見解を基にした方向性が、この時点で確定したと言える。
実際この日に庁内整形外科医師の診察を受けているが、「傷病名」にはすでに「心身症疑い」と記載されている。これも非常に重要なポイントだ。精神科疾患と決めつけずに他疾患の可能性を探索する姿勢が医師たちにあれば、ウィシュマさんは救命し得たかもしれないからだ。
さらに重要な事実が「最終報告書」で初めて出てきた。「中間報告書」では、尿検査は1月26日の1回しか行われていないことになっていたのだが、なんと2月15日にも尿検査が行われていたことが初めて判明したのだ。