体調不良は約2カ月前から始まっていた

私が知るかぎりにおいて、本稿は医師が実名で死因分析を述べる初めてのものだ。だが私も臨床病理学や法医学の専門家ではない。また得ている情報も極めて限られている。浅薄な論考となろうが、少しでも真相解明への議論の活性化に寄与できればとの考えのもと、あらゆる批判を恐れず私見を述べたい。

本稿は昨年メルマガfoomiiにて配信した連載記事「『名古屋入管によるウィシュマさん殺人事件』を医師の目で読み解く」(3万7000字余り)を大幅に圧縮したものである。3月末日までは購読可能にてご興味の方は全文をご覧いただきたい)

まずウィシュマさんが体調に異変を訴え始めた時点にさかのぼって経過を追っていこう。「調査報告書別紙6」「A氏との面談状況等に関する看護師作成メモの抜粋」では、1月18日の看護師記録に症状発現時の記載が確認できる。

「1週間ほど前から食欲不振,吐気,腹痛を繰り返している」
「「食べると胃が痛くなるので,食べられない。薬は飲みたくないが,看護師のアドバイスが欲しい。」等述べ,薬は投与せずに経過観察中。」

飢餓状態を示唆する「ケトン体」が検出されたにもかかわらず…

その後も改善が見られないことから看護師の勧めで初診に至った。庁内内科医師の診察記録には「10日まえから胃腸症状、入所時8/20から-12kg」とあり、初診時すでに医師は異常な体重減少の事実を把握している。しかしこのときに出された指示は採血、心電図、検尿のみで処方薬はなく、点滴や外部医療機関への受診を提案した形跡は一切ない。

この指示のもと採血は1月25日、採尿は1月26日に行われた。またこの頃からウィシュマさんは看護師に左足裏の違和感を訴えるようになる。口唇のしびれと下肢痛もあり、1月28日の医師による診察の際にも本人は訴えた。このとき採尿については「(生理4日目)ウロビリノーゲン±正常、ケトン体+、タンパク質+、ブドウ糖-、潜血+++」との結果を医師は把握している。生理中にて潜血は強陽性だが、このときすでにケトン体が検出されていることは重要である。

ケトン体とは脂肪酸の分解産物で、飢餓状態など糖質の利用障害が生じた場合に尿中に出てくるものだ。医師としてなんらかのアセスメントとプランをカルテに記録しておくべき結果と言えるが、カルテには「生理中のためとり直し」としかない。またしびれと下肢痛には、末梢神経障害の際に処方されることが多いビタミンB12製剤と非ステロイド性消炎鎮痛剤が3週間分出され、「改善しなければ、庁内整外(整形外科)相談」とされただけであった。