「SARS感染者が出た」と同僚に報告しただけで処分された医師

私の実感としても、中国共産党のおかげで、豊かになったと感じている人民が多いように思います。そうした人民の意識の変化に、中国社会の劇的な変化を感じます。

ひと昔前――2000年から2010年代前半だと中国人民のなかで、自国批判が流行していた時期がありました。「中国にはこれが足りない」「中国の政治はこうすべきだ」というような話題がメディアやネットで人気コンテンツになっていたんです。

2012年に最高指導者になった習近平が当初から手を入れたのが、そうした自国批判を封じること。政権に対してネガティブな発言の取り締まりを強めていきました。

習近平政権の前の胡錦濤時代は、抗議集会やデモなどの直接行動は取り締まりの対象になりましたが、政府を批判したり、疑義を呈したりするメッセージを発してもさほど問題にはならなかった。それが習近平政権になって言論統制、ネット検閲が一気に強化された。習近平体制のネット検閲の特徴を挙げるとすれば、予兆の段階でトラブルの芽を摘み取ろうとする点にあります。

象徴的だったのが、コロナ禍での李文亮医師の事件でしょう。李医師はコロナ発生当初、SARS感染者が出たという報告を同僚とシェアしただけなのに、デマを流したとして訓戒処分を受けました。李医師の事件に見られるように、中国政府は社会秩序に不安を与えかねない情報をいち早く発見し、潰す方向に力を入れているのです。

検閲されていることにすら気づけない

——そんなことを続けていれば、いずれ不満が爆発するのでは。

そう思うのですが、検閲は驚くほど巧妙なんです。李医師のような経験をする人はごく一部で、一般の人民が普通に生活し、普通にインターネットを利用しているだけでは、中国共産党が検閲を強化している事実にすら気づきません。

かつてはインターネット上で記事が検閲に引っかかると「この記事は見つかりません」などという記述が残り、検閲が行われていた痕跡が分かりました。しかしいまは、検閲された事実すらも分からないようになっています。

高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)
高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)

以前、私が中国に住む友人にウイグルに関する記事をメッセージアプリで送りました。しかしいつまで経っても返事が来ない。確かめてみると友人は「何も届いていない」と言う。もしも「この記事は違法な内容を含むので送れない」という表示されれば、検閲によって削除されたと気づけますが、送信に成功したかどうかも分からない。非常に不透明な仕組みになっている。都合の悪い情報は、いつの間にか勝手に削除されてしまうのです。

ネットの掲示板や記事のコメント欄もそう。コメント欄を見ると、中国共産党に都合のいいコメントやメッセージばかりが並んでいます。それを見れば、ほとんどすべての人民が中国共産党を支持していると勘違いしてしまいそうになる。でも、実際は体制批判のコメントやメッセージは誰の目にも付かないようにひっそりと削除されている。

興味深いのは、書き込んだ本人も検閲され、削除された事実に気づかないこと。反応がないので、自分の書き込みに誰も興味を持たないと思い込んで、体制批判をしなくなるよう仕向ける。いわば、中国には、目に見えない思想統制、監視社会が構築されているんです。(後編に続く)

(聞き手・構成=山川徹)
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