ランナーの心を掴む、ナイキのアプリ

相手のニーズを満たすとき、「こうすれば、必ずこうなるはず」といった合理的な理屈が、常に絶対ではないことに注意しよう。非合理的な感情が、理屈を上回ることは決して少なくない。企業と消費者の取引はもちろん、企業同士の取引でも、実績やブランドによる信頼感、成長性を期待させるワクワク感などが優先されることがある。

特に、遊び感覚で楽しめるゲーム要素を、意識的にビジネスに取り入れることによって、「ゲーム性」で相手の心を掴む戦略が、効果を発揮する事例が増えている(ゲーミフィケーション)。例として、ナイキのアプリ「ナイキ・ラン・クラブ」を紹介しよう。これは、自分の走った距離やタイムを記録できるサービスだ。アプリのユーザー同士で一緒に走って競争したり、記録をランキング化したり、その結果をSNSでシェアしたりできる「ゲーム性」で高い支持を集めている。

ローアングルから見た数人でジョギングをする様子
写真=iStock.com/wundervisuals
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値上げしたのに客単価が上昇したサイゼリヤ

ファミレスチェーンのサイゼリヤでは、コロナ禍を受け、現金の受け渡しによる対人接触を減らすために値上げを行った。それまで299円などの端数に設定していた価格を1円値上げし、300円など、50円単位のキリの良い価格に変更したのである。狙い通り、おつりの受け渡し機会は減り、会計作業にかかる時間も大幅に減少することができた。一方、サイゼリヤ側が驚いたのが、値上げしたにもかかわらず客単価が上昇したことだった。

一般に、あえて価格を299円のような端数に設定すると、安さを強調できて、キリの良い価格よりも売れやすいとされている(端数価格戦略)。そもそも、値上げをすれば、顧客は抵抗を感じて買わなくなりやすい。それだけに、キリの良い価格へ値上げしたのに客単価が上昇するという結果は、これまでの理論・通説では考えられなかった。

客単価上昇の大きな原因は、50円刻みの価格になったことで、キリよく「ちょうど1000円」を狙って注文する顧客が増加したためである。サイゼリヤのメニューの中からちょうど1000円になる組み合わせをランダムに表示するWebページ「サイゼリヤ1000円ガチャ」がSNSで話題になったことも、この流れを加速させた。

サイゼリヤの例は、戦略的に「ゲーム性」を狙ったわけではないが、「ちょうど1000円」を狙う面白さ・楽しさ・気持ちよさが、理屈を上回る結果となった。つまり、「楽しみたい!」という感情のニーズを過小評価してはならないということだ。