「本気にシリアスになって、誠実でいることが怖い」
話を戻しましょう。
マッチングアプリは、出会いのハードルを下げ、恋愛を自由にしてくれたはずだったのに、結果ユーザーは誰を選んでいいのかわからなくなって、逆に不自由になってしまう。
そもそも、マッチングアプリ自体のビジネスモデルを考えると、ユーザーが長期間使ってくれた方が「儲かる」というロジックが働くので、次から次へと「飽きさせないように」新しいパートナー候補と出会わせようとしているわけです。
たった1人の人と出会いたいと思う人が、結局迷走してしまうというパラドックス。ユーザーが迷走すればするほど、アプリ業者は儲かるという仕組み。
The 1975というイギリスのバンドの曲で、一時期、リアリティショーの「テラスハウス」のエンディングにも使われていた「Sincerity Is Scary」(誠実であることは、恐ろしい)という曲があります。
この曲は、一度恋愛関係になれたとしても、別れてしまったら、もう二度と会えなくなってしまうから、「本気にシリアスになって、誠実でいることが怖い」というつらさを歌っています。なぜ、別れた人とは友人に戻れないのか、と。
従来は、恋愛においては「“相手が”本気になってくれないことが恐ろしいこと」だったはずなのに、現代は「“自分が”本気になって、拒絶されることが怖い」に変わってしまったんですね。
昔の歌の歌詞が「重い」と感じるのも、長文のLINEが「キモい」と言われるのも、裏を返せば拒絶が怖いという心理と一緒なのかもしれません。
三島由紀夫の『レター教室』とか、夏目漱石の『こころ』なんて、現代の感覚からしたら重すぎですよね(笑)。
結局、現代は、人間関係や恋愛関係を、いとも簡単につくれるがゆえに、簡単に「切ったり」できるようになってしまいました。
カジュアルセックスもあれば、カジュアル拒絶もあるということです。人と人との関係において、いとも簡単に拒絶されたり、無視されたり、ドタキャンされたりする経験が増えているのです。まさに、ガイ・ウィンチ氏の「拒絶されると人はリアルな痛みを感じる」機会が増えてしまったのです。
これだけモノが溢れ、通信技術も発達して、間もなく5Gの時代がやってくるというのに、一向に人間が幸せになれないのは、結局人間関係の問題は残るし、「拒絶」があるからなんでしょう。
コロナ時代には、リアルに会う機会が減ったため、マッチングアプリを通して出会う人も増えています。だからこそ、簡単に「拒絶」される痛みへのケアも忘れてはいけません。