「解説本は読まなくていい」と言った大野の真意

確かに、世の中には「かんばん方式」あるいは「トヨタ生産方式」を解説した本がたくさんある。大野自身、大野の弟子たち、そして研究者、新聞・雑誌記者も書いている。

いずれの本も「ロット生産」「タクトタイム」「リードタイム」などの専門用語を駆使してある。一般読者は専門用語が出てきただけでもう読む気が起こらなくなるし、理解もできない。

確かに、この手の本は読むだけでは頭のなかに工場現場の映像が浮かんでこない。まして、「後ろの工程が前の工程へ引き取りに行く」と言われても、それがどう画期的なのかちっともわからないのである。

本当に理解しようと思ったら工場へ行くしかない。それもトヨタの工場だけではダメだ。トヨタの工場と他の自動車会社の工場を見比べることだ。そうでないとトヨタ生産方式のどこが革命的なのか見当がつかない。

トヨタ生産方式を採用している工場へ行くと、中間倉庫がない。また、工場内の部品置き場がなくなるか小さなスペースになっている。そこを見るのだ。

では、なぜ、大野は「本を読まなくともいい」と言ったのか。それは、大野はわざと読者が理解しにくいように説明しているからだ。

読んでもわからないようにした理由はトヨタ独自のノーハウだから、広まることを恐れたのである。

「下請けいじめの方式だ」と現場は反発

本人はこう言っている。

「アメリカの自動車会社に真似されるといけないから外部の人間にイメージがわかないような名前を付けた。それが『かんばん』だ」

大野が語るように、当初、彼がトヨタ生産方式を解説した文章には外の人間が理解できないような造語やテクニカルタームを使っている。

「それならば本を書かなくともいいじゃないか」

だれもがそう思うだろう。彼自身、本を書く気持ちは持っていなかった。

だが、「トヨタ生産方式が効果を上げている」と聞いた他のメーカーの人間が勝手な推量でかんばんらしきものを導入し、工場の作業者にとっては混乱が起こった。そして、「かんばん方式は下請けいじめの方式だ」と国会で議論されるまでになった。それで、大野は本当のトヨタ生産方式について本を書いたのである。しかし万人向けにはしていない。

多くの資料では、大野がトヨタ生産方式を導入した当初、現場は反対したとされている。では、現場の人間は生産システムのなかのどの部分に反発したのだろうか。