ある日、パンを積んだトラックが大雪で横転し…
「ある時、パンの配送トラックが大雪で横転しちゃったんですよ。積んであったパンたち、形はひしゃげちゃったけれど、味に遜色はない。地元の小麦生産者さん、パンを作った職人たちの顔が浮かびました。
絶対に捨てられない。急遽、帯広の屋台村の前(満寿屋本店)で夜、パンを売ることにしました。スナックで働く女性たちが明日の朝ごはんにするとか、一杯やって少しご機嫌になった方が2軒目のお店へお土産にするとか、帰る時の奥さまへのお土産にとか。特に奥さまへのお土産は、値段も手頃なパンを買っていったことでご主人の株も上がる。皆さん、とても喜んで買ってくださった」
枝元なほみさんは「本家の満寿屋さんを見に、帯広へ行かねばなるまい」と決めている。『世界に一軒だけのパン屋』の解説でも、本書の内容を引用してこんなふうに書いている。
十勝の空気と「人を思う気持ち」が入っている
「満寿屋さんのパンを膨らませているのは、温かな人を思う気持ちなのかもしれない、なんて思ったりするのです。
『小麦粉だけを水に溶いて、鉄板で焼いたとしてもおいしくない。発酵して、内部に空気が入っているからおいしい。パンがパンたるゆえんは内部に空洞があることで、味があるのは小麦粉と空気が一緒に口の中に入ってくるからだ。わたしたちがパンの味と思っている中には空気も入っている』
『粉物の味は空気で決まるのだ』
『満寿屋の帯広店のパンに含まれているのは十勝の空気だ。カラッと清々しい十勝の空気が入っている』
私は十勝の空気が入ったパンがとてもとても食べたくなりました。満寿屋さんに行くために帯広に行きたいです。フォーエバー満寿屋さん!」
さて、わたし自身は何度も帯広へ行ったことがある。同地へ行けば、満寿屋本店を訪ね、パンの深夜販売を見に行き、何個か買うことにしている。
コロナ禍が始まる前の年、2019年の2月も帯広へ行った。酷寒のなか、豚丼を食べ、生ビールを飲み、帯広ラーメンも食べて、また生ビールを飲んだ。夜の9時を過ぎたので、帯広の中心街にある満寿屋本店にパンの深夜販売を見学に行った。
酒を飲んだおじさん3人が店内に並んだパンを根こそぎ買っていこうとしていた。しかし、ひとりのおじさんがわたしというおじさんの出現に気づいた。