写真=『世界に一軒だけのパン屋』より
アンティーク自転車に乗って宣伝する二代目の健治さん(写真=『世界に一軒だけのパン屋』より)

「その車の中で貴さんが、『帯広には満寿屋ますやさんという、みんながソウルフードだと思っているパン屋さんがあるの。子供の頃から満寿屋さんのパンが大好きだった。

〈この後、満寿屋さんの各パンについての解説が、お腹がぐぅとなるほど長く続き〉……農家さんたちと丁寧な関係を築いていらして、地元食材を誇りをもっている、そのことも素晴らしいの! その満寿屋さんが、市内に6店舗のパンの残りを集めて夜に売るのよ、すごくいい取り組みでしょう?』と教えてくれたのでした。

夜に開くパン屋さん! 〈満寿屋さん〉のお名前とともに、すとんと私の胸の中に落ちて記憶格納庫に収納されました」

仕事を作ることで困窮者を支援する

「少し話が飛びます。私は、ホームレス状態にある方、生活に困窮している方達の自立支援をする団体、ビッグイシューで活動しています。ビッグイシューは単にお金を渡すのではなく、ビッグイシューという雑誌を販売する仕事を渡す、という仕組みです。1冊450円の雑誌を販売すると、その半分強の230円が販売する人の手取りになります。

販売者さんたちは個人商店で、ビッグイシュー本体は、雑誌を作って卸す仲卸しみたいなものだと出会った時に聞きました。仕事を作ることで支援する仕組み、いいなあと思ったのです」

2020年10月、枝元さんは満寿屋の取り組みをヒントに神楽坂にある、「かもめブックス」という書店の軒先で、夜のパン屋さんを始めた。

毎週、木金土 の3日間で19:00から始まり、パンが売り切れるまで。パンの品揃えは日々違う。Twitter「@yorupan2020」で確認するといい。

水、牛乳、バター、卵も砂糖もぜんぶ十勝産

1950年、北海道帯広市で創業した満寿屋商店は道内に6店舗を構えるチェーンだ。2016年には東京の都立大学駅エリアに進出し、人気店となったが、コロナ禍の2020年に撤退している。理由は売り上げが落ちたのではなく、北海道から派遣していた人員の手配がつかなくなったからだという。

現在は帯広と近郊に6店舗を持ち、年商は9億円。平均的なベーカリー(1店舗)の年商は約5000万円とされているので、満寿屋は平均の3倍以上を売り上げている。しかも、立地しているのは都心ではない。人口16万5000人の帯広だ。

そして、満寿屋のパンには大きな特徴がある。地元十勝産の小麦を100%使用していることだ。それだけではない。水は大雪山の雪解け水である。牛乳、バター、チーズ、ヨーグルトといった乳製品もむろん地元のそれ。卵、小豆、じゃがいもも同じ。加えて、砂糖もイースト菌(酵母)も地元で製造したものだ。満寿屋の店頭に並べられた食材で国産でないのはナッツ類くらいのものだ。

満寿屋が使用している北海道産の小麦粉「キタノカオリ」と「春よ恋(こい)」
写真=『世界に一軒だけのパン屋』より
満寿屋が使用している北海道産の小麦粉「キタノカオリ」と「春よ恋(こい)」