放送大学スタイルでは届かない重要なメッセージ
だから、全部オンラインでいいじゃないか、放送大学みたいに、偉い学者に授業をしてもらって、それをクラウドに置いておいて、学生たちは好きな時間にそれをダウンロードして聴講すればいいじゃないか、それならもう教育力のない教員は要らなくなるから人件費削減になるというような暴論を吐く人がいますけど、そういう人たちはオンラインでも実は送受信者の間で、活発なやりとりがあるということを知らないのだと思います。
たしかに定型的な知識や情報をパッケージにして差し出すということなら、クラウドに置いてある教育コンテンツを、自分の好きな時に受講することで済むかも知れません。でも、そういうやり方だと教育の場における最も重要なメッセージが届かない。それは「このメッセージの宛て先はあなたですよ」というメッセージです。
宛て先を確認するメッセージ、ローマン・ヤコブソンが言語の「交話的機能(phatic function)」と呼んだものです。「私からのメッセージをあなたは受信したか?」「あなたからのメッセージを私はたしかに受信した」という、メッセージが成立していることについてのメッセージです。
新婚夫婦はなぜ意味のない会話を交わすのか
ヤコブソンは、その例として「新婚夫婦の会話」を挙げています。「やっと着いたね」「やっと着いたわね」「きれいな景色だね」「ほんとうにきれいな景色」……というような繰り返しのことです。相手が言ったことをただそのまま繰り返しているだけで、有用な情報はほとんど何も含まれていません。でも、「あなたの発信したメッセージを私はたしかに受信した」ということを相手に伝えるためにはこれが一番有効なのです。
このやりとりでは、二人はお互いに相手の存在を確認し、承認し、祝福しています。キャッチボールと同じです。ボールが行き来するだけで、いかなる価値も生み出していないし、いかなる有意なコンテンツも行き交っていないように見えますけれど、違いますよ。キャッチボールでは、相手のグローブにボールを投げ込んで、「ぱしん」という小気味のよい音がするたび、それぞれのプレイヤーは「あなたがそこに存在することを私はいま確認した。私はあなたが存在することからささやかな喜びを引き出しており、あなたが引き続きそこに存在することを願う」というメッセージを送り合っているんですから。
相互に相手の存在を確証し、かつ祝福している。これが「交話的機能」であり、コミュニケーションにおいて最もたいせつなことです。