個人主義のアメリカでは、かけがえのない一生にとって、最も重要な日は自分の誕生日であり、家族の誕生日となる。そこでパートナーの誕生日を忘れたりすると、大変なことになる。

ビジネスメールは用件だけでいい

さて、アメリカに長く住んでいて、日本からの手紙で不思議な感じがするのは、ほとんどのビジネスメールや手紙が、「いつもお世話になっています」に始まっていることである。

文字通り、いつも取引や付き合いで世話になっている相手に、そう書くのは自然であろう。しかし、何も恩恵を授受していない相手から、そのようなメールや手紙が来ることが多い。その文面を見ると、まるで日本社会全体に義理人情の網がかかっていて、それを無視してはビジネスがうまくいかない、と信じられているように見える。

確かに、日本社会はある種、共同体を強調する側面を持っており、お互いの依存感を、挨拶で謙虚に示そうとするということであろうか。しかし、米国経験が長い私から見ると、本当にお世話になっている人以外のときには、日本人以外と同様に、率直に用件だけで始めてもいいのにと思える。

ノーベル賞受賞者「日本に帰りたくない」

コミュニケーション論として見ると、日本人の「お世話になっています」という挨拶は、相手に交渉で打ち負かされないような技術、ディスアーミング術にほかならない。すなわち、いつも「私はあなたのお世話になっているものです」と表明して相手から警戒心を奪い、相手から攻撃されることを避けようとする、一種の武装解除術である。

現代社会は様々な問題を含み、それは同時に利害対立の場になることも多い。これをうまく解決し、警戒心を奪い、対立を最小限にしていくことが、静態的な社会では望ましいかもしれない。しかし、今の日本は問題を前向きに解決し、新たなアイデアで将来に新機軸を能動的に生むことが望まれているのではないだろうか。それによって当事者同士は利益を受け、社会全体に利益をもたらすことは、アメリカ企業などを見れば明らかである。

気候変動の数理モデル化で、2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏は、科学者が流行に走らず自己の好奇心に従って研究することを強調する。彼は、日本人がお互いに他人のことを気にして調和を重んずるので、そのような協調が苦手な自分は日本に帰りたくない旨のことを述べておられる。

2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏(米プリンストン大学)。
写真=AFLO
2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏(米プリンストン大学)。

確かに、日本の高度経済成長期には、会社組織を支える自動車などの技術熟練向上に、協調性の重視(あるいは強要)が重要な役割を果たした。しかし、現在の日本が強く必要とする「創造性」や「技術革新力」の開発には、かえって制約となっているのではないか。